アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン 『実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』

民間企業や政府当局がある政策のほうがより良い結果を生みだすと考えている場合には、それをデフォルトに選べば結果に大きな影響を与えることができる。(p.21)


デフォルトの力は大きい。



人々の意図を測定すると、人々の振るまいに影響が及ぶのである。「単純測定効果」とは、なにをしようとしているのか質問されると、答えに沿った行動をとる可能性が高くなるという発見をいう。この効果は様々な文脈で認められる。ある特定の食品を食べるつもりであるか、ダイエットをするつもりであるか、運動するつもりであるかどうか質問されると、質問に対する答えが行動に影響を与える。単純測定効果はわれわれの言うところの「ナッジ」であり、民間部門や公的部門で使うことができる。
 選挙戦略の担当者は支持者を投票に行かせるようにしたい。どうすればそうできるのだろう。すぐに思い浮かぶ答えは、投票の大切さを強調することである。支持者が投票に行きやすくして、コストと負担を減らすという方法もある。しかし、もう一つ別の策がある。選挙の前日に投票するつもりかどうか質問すると、その人が投票に行く確率を25パーセントも高められるのだ!また、携帯電話や自動車など、特定の商品の新規購入を増やそうとしているとしよう。全米の代表的サンプルの4万人以上を対象とする調査で、対象者に簡単な質問をした。「今後6カ月以内に新車を買うつもりですか」。こう質問しただけで、購入率は35パーセント上昇した。今度は、当局者が人々が健康を増進する手だてをとるように促したいと考えているとしよう。健康に関連する行動については、人々の意向を測定することによって大きな変化が生まれている。次の週に何回デンタルフロスを使って歯の間を掃除するか質問すると、フロスを使う回数は増える。次の週に高脂肪の食品を食べるつもりかどうか質問すると、脂肪の多い食品を食べる量は減るのだ。(p.116-117)


この知見は結構応用範囲が広そうな気がする。仕事の使えそうな場面で使ってみたい。



 全体的に見ると、宣伝は幸せな夢より悪夢に近かったことがヘンリック・クロンクビストの研究によって明らかになっている(Cronqvist[2007])。ファンドの宣伝のうち、手数料など、合理的な投資家にとって問題になる特性について直接的に情報を提供していると判断できるものはごくわずかしかなかった。そして、ファンドは過去のリターンを喧伝していたが(リターンが高かったファンドの場合だが)、広告は決して将来のリターンが高くなることを保証するものではなかった。それでも、ファンドの宣伝は投資家のポートフォリオの選択に強い影響を与えた。期待リターンが低く(手数料が高い)、リスクが高い(株式の組み入れ比率が高く、アクティブ運用の比重が大きく、“ホット”なセクターの比率が高く、ホーム・バイアスが強い)ポートフォリオを選ぶように人々を誘導したのだ。(p.240)


この件を読んで心配になった(増大した)のが、日本の国民投票法では憲法改正の際の宣伝が、通常の国政選挙のような縛りのない中で行うことができるという点であった。宣伝(広告)は合理的な判断から遠ざからせ、悪い結果へ人々を導くとされているが、金があればいくらでも宣伝をすることができ、デマを事前に排除するような審査も十分ではないため、たとえデマを流しても、それがデマだったことが投票の後になってから明らかになるということが起きかねない。

安倍政権のように不都合な情報は隠蔽し、真実を知ろうとする質問をはぐらかし続け、政治を私物化し続けるような政権が長く続き、権力者が使う不誠実な論法(ご飯論法)が巷にあふれている状況が続いている昨今の日本においては、とりわけこうした制度設計がもたらす危険性は高いように思われる。(例えば、日大のアメフトの危険タックル指示問題に対する大学当局側の対応も――この対応が安倍政権と似ているとの妥当な指摘もあったようだが――、安倍政権の不誠実な対応を日常茶飯事として見せられ、そのような対応をしても政権側がまともに責任も問われないという状況を日々目にしていることと無関係とは言えないだろう)。



 こうした問題にアプローチするため、われわれの指針原則の一つに立ち戻ることにする。「透明性」である。この文脈では、ジョン・ロールズの言う「公知性の原則」を支持する(Rawls [1971])。最も単純な形の公知性の原則とは、政府が市民に対して正当性を公然と主張できないか、そうする意思のない政策を選択してはならないというものである。われわれは二つの理由からこの原則に好感をもっている。第一の理由は、実際的であることだ。政府が正当性を公然と主張できないような政策を導入すれば大きな困惑を呼び、政策やその根拠が開示されたりしたら大問題になるだろう(アブグレイブ刑務所にこの原則が適用されていたら、あのような残酷で品位を貶める行為は起こらなかっただろう)。第二の、そしてもっと重要な理由は「尊重」という概念に関係する。政府は統治する人々を尊重すべきであり、正当性を公然と主張できないような政策を導入するのは、統治する人々を尊重していないということだ。国民を操作の道具として扱っているのである。この意味では、公知性の原則はうそを禁じることに結びつく。うそをつく者は人々を目的ではなく、手段とみなしているのである。(p.357)


この件は安倍政権に対して最も欠けているものであり、私がこの政権を最悪の政権と評価する所以である。森友問題、加計問題、日報問題、裁量労働制を巡るデータの捏造など、いずれも公然と公表できないようなこと(政治の私物化)をしているからそれらの情報を隠蔽したり改竄したりごまかしの答弁で時間を稼いだりし続けているのは誰の目にも明らかだろう。

なお、安倍政権の国民を全く尊重しない対応というものは、こうした問題に限ったことではない。安倍政権は最初からごまかしばかりであり、論点ずらしの発言ばかりを続けているからである。例えば、「アベノミクス」などというのも、財政の悪化などを隠しながら(論点化させないように情報操作ないし印象操作しながら)行ってきたものであり、不都合な点を隠蔽しているからできているに過ぎない(政権が交代したり首相が代わった後になってから、この数年間で撒かれた問題が表面化してくるだろう)。

「公知性の原則」は再認識されるべき時を迎えていると思う。


野嶋剛 『台湾とは何か』(その2)

 明治維新を経験した日本は、欧米からの制度や技術の輸入による近代化を成し遂げ、清朝を戦争で打ち破り、台湾経営に乗り出した。日本の統治は苛烈なものだったが、日本が台湾に移植したものは、日本自身が学んだ近代だった。そこでは、限界はありながらも、言論の自由や法の支配、教育の普及、行政の平等主義などが実現され、統治50年を経験した台湾には、そのエッセンスがすでに根づいていた。台湾の人々のなかには自らを日本人と見る人もいれば中国人とみる人もいたが、共通するのは、近代人になっていたことだ。
 日本が去り、中華民国がやってきたとき、台湾の人々は「祖国復帰」を本気で喜んだ。しかし、その期待はあっという間に裏切られる。大陸の中国人は、前近代の世界に生きていた人々だったからだ。(p.240)


大胆に単純化しているが(様々なものを捨象してしまったり、多少の誤認を導く要素もないわけではないが)、当時の台湾の人々が大陸から来た中国人に対して感じた違和感の原因を非常に分かりやすく説明していると思われる。

ある意味では、現在でも台湾の人々の多くが、大陸の人々に対して同様の違和感を感じ続けているように思われる。(台湾の人々が中国の人びとよりも韓国や日本の人びとに対して、よりシンパシーを感じる場面は少なくないと思う。少なくとも私の知る「天然独」の人々にはほとんど当てはまると思われる。)



 民進党を勝利させ、国民党を敗北させたのは「台湾は台湾」と信じる人たちの群れであった。台湾に生きる人がそう考えているのであれば、我々もその政治的現実を受け止めるべきである。そのうえで、台頭した大国・中国とどう距離を取るべきか、どのような政治体制が台湾にふさわしいか、中台関係の平和的解決や安定的マネジメントの解答がどこにあるのか、といったテーマを積極的に議論していきたい。そこに立場や意見の分岐があることは極めて健全なことである。不健全なのは、何も考えないことであり、思考停止を続けることだ。(p.259-260)


同意見である。


野嶋剛 『台湾とは何か』(その1)

 盗聴については、台湾では今日でも、アジアのなかで群を抜いて当局によって盛んに行われているのは確かだ。原因は中国との対立にある。台湾に浸透した共産党スパイの摘発のため、法務部調査局、国家安全局、国防部軍事情報局など各インテリジェンス組織が強力な陣容を持ち、盗聴をその有力な捜査方法にしている。すでに共産党のスパイへの懸念は低減したが、組織は能力があれば使いたくなるもので、民進党の議員などは自分たちの電話が盗聴されているという前提で生活しており、この「口きき」問題は図らずも台湾の盗聴大国ぶりを印象づける形にもなった。(p.31)


現在では台湾というと日本よりも民主的な政治が行われている地域と私は考えているが、こうしたイメージからすると盗聴が盛んであるというのはやや意外にも思われたが、中国との関係という歴史的経緯を踏まえれば合点がいく。



「湾生回家」の価値は、激動の歴史を歩んだ台湾の近代史のなかで、「台湾から日本に戻ったあとも、台湾を忘れず生きてきた」という湾生の物語を新たに発掘したところにある。台湾社会のなかで、1945年以降に台湾を去った日本人たちが、これほど台湾を深く懐かしみ、思い続けたことは、台湾でも日本でも語られなかった話だ。(p.73-74)


なるほど。是非ともこの映画は見てみたい。



戦前の台湾の経済水準は日本の地方都市を大きくしのぎ、給料面でも東京に遜色ない金額を得ることができたとされている。(p.75)


全般的にこのような状況だったかどうかは疑問。どのような人がこのような恵まれた状況にあったのか、また、こうした恵まれた状況になかった人はどうだったのか、ということには興味がある。



 日本人は中国が領土拡張の野心を持っていると警戒しがちだが、中国は建前でも本音でも、「新たな領土」への野心はそれほど強くない。それは、ロシアや中央アジアとの間で進めた国境画定交渉における比較的冷静かつ実務的な対応にも現れている。彼らが固執するのは「取り戻す」ことであって「広げる」ことではない。中国にとっては台湾も尖閣諸島も「取り戻す」という論理で重要になっているのである。(p.94-95)


なるほど。この見方は重要かもしれない。

中国の一般の人々もナショナリスティックに反応するのも、これらの土地が「奪われた」ことによる「屈辱」と結びつけられているからだと合点がいく。

とは言え、本書の指摘には落とし穴がある。ナショナリズムというものは、他国より力が劣る間は「防衛的ナショナリズム」として発現し、拡張は志向せず、「奪われないこと」や「取り返すこと」のために国民が協力することを促す。しかし、他国より力が強くなると「侵略的ナショナリズム」に変質する。中国の領土の場合にだけ、こうした一般的な傾向が当てはまらないと言える根拠はない。

従って、これまでの中国は「取り戻す」論理と感情によって動いてきたとは言えるが、今後はこの論理を使って侵略や拡張を正当化しようとすることはない、とは言えない。中国から見た「失地」を「回復」することができたとすると、その次には拡張の動きに転じるという可能性は残る。もちろん、私もすぐにこうした動きが全面的に展開するとは考えていないが、中国の動き方が過去から未來まで不変であるかのような印象を与えてしまう点には留意すべきと思われる。



 台湾に優良な中華文化が維持されているというのは正しい理解でもある。蒋介石は台湾に逃げてくるときに、中国の文学、演劇、映画、学者など、一流の文化人をこぞって連れてきた。彼らは共産中国で活躍の場がないと考え、国民党と一緒に台湾に渡り、そのまま大陸に帰ることなく、台湾で文芸の道を極めた。多くの弟子をとって、文化の種を台湾に撒いた。その結果、台湾には、高いクオリティの中華文化が育つことになった。(p.128-129)


なるほど。



そして、たどり着いたのは、「大陸反攻を放棄し、台湾化した中華民国は、台湾の人々にとってはもはや『克服』すべき対象ではなくなりつつあるかもしれない」という認識だった。(p.182)


国名としての中華民国。実態としての台湾の政治的自律性。「国名としての中華民国」は大陸との間で「一つの中国」という点に合意することにより大陸からの武力介入を外交論理上防ぐ機能を担う。これが実体としての台湾の政治的自律性を守ることに繋がる。ある意味では台湾の多くの人が望む「現状維持」をするために「中華民国」という国名は(少なくとも現状では)役立つようになっている。


半田滋 『「北朝鮮の脅威」のカラクリ 変質する日本の安保政策』

 日本上空を通過するミサイルに落下の危険があるというなら、その危険性はどの国のミサイルであれ、ロケットであれ、質的に変わるはずはない。そう考えるのが常識であろう。ところが、日本政府にその常識は通用しないのだ。
 韓国政府は2013年1月30日に三回目となる人工衛星「羅老(ナロ)3号ロケット」を打ち上げると発表した。前年12月に発射された「光明星3号」と称する北朝鮮の弾道ミサイルに近い軌道を通り、沖縄の南西諸島上空を通過することになるが(図4)、小野寺五典防衛相は打ち上げ失敗という不測の事態に備えて地対空迎撃ミサイルPAC3を南西諸島に配備することをしなかった。PAC3を配備した北朝鮮の場合とどこが違ったのだろうか。(p.35)


日本政府が「北朝鮮の脅威」を過剰に煽ることで(「防衛力」というよりも)「軍事力」を持つために利用していることは明白だろう。

このような指摘が公的にされた場合、政府は「そのような意図はない」などと否定しようとした上で、政府は指摘した側に立証責任を押し付けようとするだろう(安倍政権のような姑息な手段を用いることが常套化している政権においてはほぼ確実に起こると予想している)。しかし、ある意図があると仮定した場合に採用すると想定される行為と実際に観察された行為とが一致しているような場合、そのような意図がないことを立証・説明する責任は行為者の側にある(政府ならば通常の人より以上に説明する責任がある)。その場合、単に「そのような意図はない」などと言い張るだけでは当然不足であり、そのような意図とは整合性がとれない(相反するような)行為を体系的に行っていることを立証しなければならない。さらに、仮に意図がなかったとしても、多くの行為がその意図に沿ったものとなっていることが指摘されている以上、そのように行為した(あるいは、せざるを得なかった)理由等について説明する必要がある。

ちなみに、法人(集団・組織)の場合には、その指導者本人にそのような意図がなかったとしても、誰一人としてそのような意図に基づいて行動していないということにはならない、という点にも留意が必要であるため、個人よりも法人(集団・組織)の方が、行為と意図との外的整合性から判断することの妥当性は高いと考える。



 だが、北朝鮮が目標とするのは米国に戦争を仕掛けることではない。核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有することにより、米国から先制攻撃を受けることのない抑止力を持ち、北朝鮮の現体制を維持するという保障を取り付けて平和協定を締結することにあるのは明らかだろう。(p.42)


ここで本書で述べられているような考え方が北朝鮮の基本的なスタンスであると思われる。(日本における北朝鮮に関する報道は過度に「悪魔化」されている。北朝鮮は容易に信用できないのは確かだが、掛け値なしの悪であるかのようなラベリングや記号化は行き過ぎている。)

本書は2018年3月に出ているが、4月27日に南北首脳会談があり、朝鮮戦争の終結や朝鮮半島の非核化を目指すことなどについて合意がなされたと報道されたことと、ここでの指摘は適合的だと思われる。北朝鮮はかなりの程度、ここで述べられているような抑止力を手にしつつある現状やトランプ大統領が在韓米軍の削減などをしたがっていることなどを考えると、北朝鮮がフェイズを変える機会だと考えているとしても不思議はない

上記引用文では「北朝鮮の現体制」を維持することが大きな目的であることになるが、半島の統一と現体制の維持は必ずしも一致しない(むしろ相性が悪い?)ため、このあたりが今後どのように処理されていくのかに注目したい。


山崎元一 『世界の歴史4 古代インドの文明と社会』

 『リグ・ヴェーダ』に登場するこれらの神のなかには、ゾロアスター教の神々やギリシア・ローマの神々と共通するものも多い。たとえば、天神ディヤウスはギリシアのゼウス、ローマのユピテル(父なる天、ディヤウス・ピタル)に、天空・友愛の神ミトラはゾロアスター教の太陽神ミトラ(ミスラ)に相当する。(p.54)


イランのゾロアスター教との相互関係は隣接しているので容易に理解できる。ギリシアの神も、ギリシア人が結構いたということが本書では説明されている。本書により認識が深まった点は、ギリシアとインドではそれまで思っていたよりも文化的な交流があったということだった。



先住民の信仰と関係するものとしては蛇(ナーガ)崇拝があり、わが国の竜王・竜神信仰はここに起源の一つをもっている。香川県の琴平町に祀られている金毘羅は、ガンジス川のワニ(クンビーラ)に由来する竜神である。(p.55)


龍というと日本には中国から来たというイメージがあるが、インドにまで遡る(ものがある)と知っておくのは悪くない。



 不可触民の存在は、ヴァイシャとシュードラにある種の優越感をもたせ、経済活動の担い手であるかれらと支配階級との間に生ずる緊張関係を緩める効果をもっていた。(p.82)


ヴァルナ制やカースト制は支配者にとっては極めて都合の良い身分制度である。



 俗世を支配する王といえども、輪廻転生から自由ではありえない。古代インドの王たちは、善政や大供犠・大布施・寺院建立といった功徳を積んで来世に天国に生まれることを願い、悪政や不信心の報いで地獄に堕ちることを恐れた。だからといって、善王が他の文明世界にくらべて圧倒的に多かったというわけではないが……(p.87)


宗教が説く倫理や世界観と、そうした教説が現実にもたらす効果とは別のものである。恐らく寄付や寄進のような「善行」であればイスラーム世界においての方が遥かに活発だったであろう(このようになったのは思想的な理由というよりも制度的な理由が大きいのだが)。



布施を意味する語はダーナで、施主はダーナ・パティと呼ばれた。わが国の「旦那」や「家」は、このダーナ〔・パティ〕に由来する。もともと敬虔な信者を意味する仏教語であったが、俗化して、財物を与えてくれる「ご主人さま」を旦那と呼ぶようになった。(p.128)


日本語の単語にはインド由来のものが結構あるようだが、一つ一つがなかなか面白い。



『論蔵』として総括される一群の仏典は、各部派の教理解釈を収めたものである。この『論蔵』にさきの『律蔵』『経蔵』を加えたものが三蔵であり、三蔵に精通した学僧が三蔵法師(ほつし)と呼ばれた。中国の仏教史上でこの尊称に最もふさわしい人物は唐の玄奘であるため、玄奘個人がこの称で呼ばれることもある。(p.132)


この点については、玄奘個人の尊称なり通称を「三蔵法師」と呼ぶものだと思っていた。今までこれが一般名詞だと考えたことはなかったので、驚いた。



 歴史的に眺めると、バラモンたちの南インドへの移住は、この地の王たちによる積極的な誘致によって促された。部族制の段階から王制への移行期において、バラモンは王権の正統性を宗教的に承認し、その強化に貢献したからである。
 またバラモンがもち込んだヴァルナ制度のイデオロギーは、階級社会に秩序を与える上に役立った。王たちが村や土地を施与してバラモンの定着を図ったのは、かれらのこうした役割に期待したからである。(p.220)


中世以前において宗教は一般にここで述べられているのと同様の役割を果たしてきたと私は考えている(例えば、日本に仏教が入ってきた時も、政治的な意味を抜きにしては考えることはできないであろう)。ヒンドゥー教やバラモン教ではヴァルナ制度やカースト制度が伴ってくるため、支配者にとっては他の宗教と比べても、かなり都合の良いものだったと思われる。



 ユーラシア大陸の中央に位置し、隊商が頻繁に往来したこの地域も、ヨーロッパ人が海路アジアにやって来るようになると、その歴史的役割を終え、やがて西方世界の人びとから忘れられてしまった。
 ヨーロッパ人がこの地の重要性に目を向けるようになったのは、19世紀の後半になってからである。当時、南下策を進める帝政ロシアは中央アジア・アフガニスタン方面への進出を企てており、その先駆けとして、中央アジア探検を推進した。一方、この動きを植民地インドに対する脅威とみたイギリスも、中央アジア方面への関心を高めた
 こうした動きがきっかけとなり、19世紀末から20世紀初めにかけて、これら両国をはじめ、ドイツ、フランス、スウェーデン、日本などの国々が、地理、民族、歴史、宗教、文化を調査するという目的を掲げて、この地に探検隊を送り込んだ。(p.343)


この地域とは中央アジア(西域)のこと。

19世紀末から20世紀の初めころにこの地域に各国が探検隊を送ったことについて、探検隊はロマンを求めていたかのように描かれることがあるが、ここで指摘されているように当時の国際情勢が背景にあったと見るべきだろう。(なお、19世紀の前半からイギリスはアフガニスタンを勢力下に置こうとしてアフガン戦争を起こしていた点にも留意すべきだろう。つまり、19世紀末よりも前から関心が高まる条件は整ってきていた。)

ちなみに、「シルクロード(ドイツ語のSeidenstraßen)」という言葉が出てきたのも1877年のことであるが、ここで指摘されているような形で中央アジアに対するロシアやヨーロッパ諸国での関心が高まったことと関連としていると思われる。



E&F-B.ユイグ 『スパイスが変えた世界史 コショウ・アジア・海をめぐる物語』

 1497年7月8日のリスボン港では、カリカットに向けて出港する船舶が、威容をみせていた。それは一隻のカラベル船、補給用の随伴船、この機に建造された同型の二隻の船のことである(修理に便利なように、二隻は互換性のある部品だといわれていた)。乗組員は150人以上の人たちで構成された。なかには、普通法の受刑者である「デグラダドス」がいた。かれらはとある場面で、さほど値うちのない人生を賭けることで、名誉の回復をはかることになっていた。それはヴァスコ・ダ・ガマが、有能な船員の人生を危険にさらしたがらない場面のことだった。未知の人たちと最初の接触をはかるために送りだされたのは、こうした人たちだったのだ。かれらが生きのびれば、うけとるのは自由という報酬だった。(p.194-195)


犯罪を犯した人に対して非人道的な扱いをすることが許されるという発想は、現代では否定されるべきものとなっている。このことを理解していない人は意外といるように思われる。(受刑者ではなく被疑者に対する考え方も誤っている人は多い。)


村串栄一 『台湾で見つけた、日本人が忘れた「日本」』

新竹駅は駅前にも風情がある。かつての日本時代の路線転換設備が保存され、その公園で子どもたちが鉄路を跨いで遊んでいる。柳が枝垂れる疎水の流れも趣きがある。(p.37)


行ってみたい。



 ここ新竹が戦時中、日本の航空前線基地だったことを知る人はあまりいない。戦況が悪化するなか、米軍は沖縄を襲って日本本土侵攻を企図し、日本はその前に米軍をつぶそうと新竹から特攻機を発進させた。しかし、新竹飛行場は米軍機の奇襲を受け、日本兵、住民らが多く死傷し、何機もの航空機が炎上した
 日本は沖縄や本土を守ろうと新竹飛行場を拠点に、旧式航空機で体当たり戦法を試みようとしたが、徒労に終わった。新竹には死亡した日本兵を祀る霊堂がひっそり置かれているという。建立したのは台湾住民で、国民党政府の目を警戒しながら堂を守り続けてきたとされる。(p.43)


こうした歴史は、「アジアのシリコンバレー」と呼ばれる現在に至る要因の一つではないかと思われる。航空前線基地とアジアのシリコンバレーを繋ぐ媒介項としては国立精華大学が想起される。これについては、具体的な繋がりを検証したりはまだできていないが、恐らく、関連付けられるような歴史的経緯があるものと想定している。



 南方、台湾、日本には似たような浦島伝説がある。それも黒潮の流れが成したことであろう。黒潮は海上の道であり、文化結節の道でもある。2005年に製作された台湾映画『飛び魚を待ちながら』(原題『等待飛魚』)が蘭嶼島の生活、漁の様子などを描いている。(p.133-134)


黒潮を通って人と文化が伝播する。なるほど。


『小樽・朝里紀行』

 ここでアイヌの居住について農耕民族とは異なる住まい方をしている事を挙げなければならない。アイヌの人々は海辺には住まず、川筋の中域に住み、また夏と冬とでは住まう場所が違っていたのである。……(中略)……。しかし、安永年間(1772年~)以来漁場請負制度がしかれ、和人による理不尽なアイヌ使役がすすむと、こういう生活は崩れ、農耕民族の和人の観念の地名が生じて来たように思われる。(p.54)


アイヌの人々が海辺に住まなかったというのは本当だろうか。アイヌといっても地域によってかなり生活や産業(生活の糧とするものの取得方法)も違っていたと聞くが、この地域限定のことを語っているのだろうか。ただ、夏と冬で住むところが違っていたというのは、遊牧民などによく見られる生活形態であるが、アイヌもそうだったのか、と少し驚いた。



 ヲタルナイ(星置川)周辺のアイヌが勝納川付近に移住した背景も自由意志で移動した訳ではないだろう。結果「ヲタルナイ」の地名が移植された。(p.54)


星置川周辺から勝納川付近にアイヌが移ってきたときにヲタルナイという地名も移ったということは、小樽の歴史を語る際にしばしば触れられるが、この移住にも場所請負制度によりアイヌの人々の居住地が制限されたことと関係しているということか。


白井厚 編 『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(その3)
白井厚 「戦争体験の歴史化をめざして――慶大経済学部における「太平洋戦争と大学」の講義」より。

「七三一部隊」とは「前列七人、中列三人、後列一人という編成で攻撃する部隊」という答案を見て、私は天を仰いで嘆息した。
 昨年11月に「太平洋戦争と大学」で小テストを試みたところ、百人以上の学生の大半が知っていた単語は「現人神」だけ。以下「七③一部隊」「国体」「復員」「三光作戦」「予科」「わだつみ」「国権皇張」「仮卒業」「八紘一宇」「人民戦線事件」「醜の御楯」「修正」「甲幹」「学生狩り」の順に正答は激減し、誰も知らぬ「予備学生」に至る。半年以上講義を続けたあとでもこの程度であるから、戦時中の日記や遺書を読んで学徒兵の心を理解する能力は今や急激に低下しつつある、と考えねばならないだろう。(p.267)


この講義が行われていたのは90年代の前半から中盤頃であり、ここで戦時中の人々のことを理解する能力が低下していると指摘されているのは、現在の40歳前後の世代に当たる。90年代以降の(一般には「歴史修正主義」などと呼ばれる)「歴史改竄主義」の台頭と、ここでの指摘には関連性があるように思われる。すなわち、このような無知が背景要因としてあったことが、「歴史改竄主義」の歴史観が受け容れられることを容易にしたと考えられる。

ただ、直接戦争を経験した世代(概ね1940年以前生れ)、それに隣接する世代(50年代前後生まれ)などと比べ、70年前後生れの世代が生まれる30年近くも前の社会で通用しており、既に存在しなくなっているものを表現する言葉の意味を知らなかったとしても、一概に責められないのではないか。公的なルートで教育をしっかりしたとしても、戦争を経験した人びとがかなりの割合を占めている社会で生活してきた人と、そうした人たちが非常に少なくなった社会で生活してきた人とでは、戦時中に使われた語彙についての知識に落差があるのは当然ではある。

歴史改竄主義の歴史観に結びつかないように、社会の側が正確な知識や事実を確定するための方法論などを習得させるような教育が求められる。



白井厚 「戦争体験から何を学ぶか――「太平洋戦争と大学」最終講義」より。

我々が日本人として理解し得る事は、果たして外国人にも理解されるんだろうか、常に考えなければならないのです。
 そして更にですね、我々はこの歴史、この体験というものを未来に伝えなければならない。後世の人というのは我々にとっては外国人と同じだ、と覚悟するのが私は一番いいと考えます。(p.296)


私が呼ぶところの「自慰史観」には、このような視点は完全に欠如している。ここで述べられているような視点を持ち続けることは、誤った歴史認識に落ち込まないために重要であると考える。

後段の内容に対応するための方法としては、後世の人は現在の自分たちが共通認識として知っていることを知らないものと前提しなければならず、その前提に立ちながらできるだけ誤解されることのないように十分に説明を尽くすべきだ、といったところだろうか。



吉田明 「「従軍慰安婦」問題から「戦後補償」へ――高校「現代社会」での授業実践の概要と考察」より。

若者たちが心底ショックだと感じたのは、「加害の事実」とともにそうした「事実を知らされてこなかった」ことであり、彼らは、事実を知らされないことによって人間としての誇りを傷つけられたと感じたのである。(p.347)


事実を知らされていなければ、しかるべき時にしかるべき行動ができなくなる。そのような状態にさせられることは人間としての誇りを傷つけられることだ、ということだろう。「加害の事実」をなかったことにしたい、あるいは矮小化したい、という人が、残念ながら今の日本の世の中にはいるが、そのような人は上記の立場から言うと、「人間としての誇りを持たずに恥知らずな行いをしている人」ということになるだろう。



白井厚 編 『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(その2)
浅野健一 「戦時中の同志社」より。

憲法の反戦主義、人権尊重を強調する人々を「青臭い」とか「人権派」と非難する風潮がある。拙著『メディア・ファシズムの時代』(明石書店)で、メディアが権力の一部になっている構造は30年代と酷似していると書いた。(p.121)


本書は90年代の半ばに出版されており、まだネットが一般に普及する前の時代に出たものであり、このコメントもオウム真理教事件に対するマスメディアの論調に対してのコメントである。しかし、その後、ネットの普及とともに表面化してきた言説の中に、ここで指摘されているものと同類のものがあった。また、この部分を現時点で読んで想起されたことは、読売新聞や産経新聞のスタンスは、ここで言われている「メディアが権力の一部になっている構造」に位置づけることができるということであった。



一橋大学名誉教授で慶應の講師だった大塚金之助は、「日本に再びファシズムの兆しがあれば出来るかぎり闘え、それが大学で社会科学を学んだ諸君の義務だ」と我々に訴えた。(p.122)


この教えと同意見である。社会科学による訓練を受けた以上は、その力を活かすことは、教育を受けたことに対する責任であろう。



平山勉 「靖国神社事件と戦時下の上智大学」より。

 そして太平洋戦争が始まると、文学部には史学科が創設された。学長土橋より文部大臣橋田邦彦宛の「学則変更ノ件許可申請」には、史学科設置の理由として「西洋史の一部として東亜共栄圏南方諸国の歴史研究の途を開き、且商学部学生中卒業後南方関係の業務に従事せんとする者に当該地方の地理歴史及び言語を学ぶの便を与へんとす」とあり、国策に沿った学科のようであったが、戦局の悪化に伴い学生は講義を受けることもままならず、いよいよ「学徒出陣」を迎えることとなる。(p.138)


この学科で学ぶ予定だった歴史はどのようなものだったのだろう。



アン・ワーズオ 「アメリカ民衆の太平洋戦争観」より。

 アメリカでは、法律を学ぶ学生は戦争の前半での「日本人と日系人の隔離」への憲法上の関わりについて考えているのは事実ですが、比較的少数のアメリカ人しか自国の歴史上のこの残念な出来事について意識していないようです。そしてさらに少数の人しか、広島と長崎の原爆以前に米国空軍が京都と福島を除くすべての日本の都市を襲撃し、ひどく怖ろしい被害を軍事施設だけではなく、工場や木造の建物、さらに一般市民に与えたこと、1945年の春東京などではゼリー状のガソリン、すなわちナパームを使用し火の嵐を起こしたのを知りません。……(中略)……。
 国民の記憶では、結果のみがあり、手段は無視されています。(p.251)


一般の人々の記憶には結果のみがあり、そこに至るプロセスは無視される、というのはなるほどと思わされた。この性質は為政者側に非常に悪用されているように思われる。