アヴェスターにはこう書いている?
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ルポ・矢吹紀人、解説・相野谷安孝 『国保崩壊 ルポルタージュ 見よ!「いのち切り捨て」政策の悲劇を』

 過去に未納となった保険料の徴収期限は、国民健康保険法第110条1項によって2年を経過すると消滅するとされている。しかし、そのすぐ後の2項には、こう書かれている。
「保険料その他この法律の規定による徴収金の徴収の告知又は督促は、民法第153条の規定にかかわらず、時効中断の効力を生じる」
 つまり、役所が督促状を送って請求し続けていたり、本人が「必ず払います」というような誓約書を提出している場合は、2年の時効がなくなり、無期限に徴収が可能になる。「分納誓約書」を出させることは、役所にすれば徴収権を持続するための、担保のようなものでもあるのだ。(p.16-17)


国保料は2年間が支払の時効なのに、2年より前の保険料が徴収すべき額が残っているものがある。その理由について、多少の疑問を持っていたのだが、ようやくその根拠が分かったように思う。



「国保が相互扶助だというのは、国からの補助がなく、保険料を払える人しか入れなかった戦前の話。現在の国民健康保険法には『この制度は社会保障である』と書かれていて、どこにも『相互扶助の制度』だとは書かれていません。みなさんも、いまの国民健康保険は社会保障であるという、原点にもどるべきなのです」(p.48)


国保の窓口で国保を「相互扶助の制度」として説明することが多い点に対して、社会保障という側面が隠されている点を批判しているのは妥当。

ただ、国保法では第1条で「この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする」としており、社会保障は目的とされているのであって、この制度自体が完全に「社会保障である」とまで明確に言い切ってはいないように思う。また、保険料であれ保険税であれ、国保の給付を賄うための財源として徴収されていることを勘案すると、相互扶助としての保険という側面があることは否定できない。

国保は相互扶助と社会保障の両方の側面を持っているものとして理解するのが妥当であろう。



 1984年10月1日に「改正」健康保険法が成立した。この法律によって、国は国庫補助を大幅に削減し、医療の営利化への道を切り開いたといわれる。
 このときの「改正」で、国は「退職者医療制度」を新たに創設することとひきかえに、国民健康保険への国庫補助を削減したのだ。
 それまで、サラリーマンなどの勤務者には、10割給付の健康保険制度が適用されていた。(これも、1997年<平成9>年9月からは8割給付に削減され、わずか6年後の2003年<平成13>年4月1日からは、国保と同じ7割給付にされているのだが)。ところが、定年などで高齢になって退職した場合には、7割しか給付されない国民健康保険に移らなければならない。一気に3割の自己負担増となることが問題となっていたことから、国は被用者年金の受給者に対し「8割負担」の退職者医療制度を創設した。定年などで退職した人は、この退職者医療制度に移行すれば8割まで給付を受けられるという制度だ。
 しかし、そのとき国は、この退職者医療制度の対象となる60歳ぐらいから、老人医療の対象となる70歳ぐらいの高齢者を国保から切り離し、この退職者医療制度の医療費負担を健保や共済などの保険からの拠出金でまかなうことにした。
 退職者医療制度には、国はいっさいの補助金を出していない。したがって、国保から高齢退職者がいなくなった分、「国民健康保険がスリムになった」という口実をつけ、国は国保に対する国庫補助を従来の45%から38.5%に削減したのだ。その結果、全国の保険者である市町村の国保財政が、大いに苦しむことになった。(p.50-51)


本書は2003年に刊行された本であり、10年以上前の本であるため、現在の制度とはまた若干変わっているところがある(例えば、退職者医療制度も給付割合は7割で、通常の国保や健保と同じである)が、退職者医療制度がどのような意味を持たされて成立してきた制度なのかが垣間見えて興味深い。



 ここまで国保税の収納率が悪化し、赤字続きになっても資格証明書を発行しないですんでいる理由のひとつは、和光市が国からの普通調整交付金、すなわち国保財政への補助金を受け取っていないことがある。……(中略)……。
 和光市は国保税の税率が低いので、赤字になっているというわけだが、調整交付金を受け取っていないから、収納率が下がったからといって国のペナルティーに一喜一憂する必要はない。(p.164-165)


なるほど。調整交付金を中央政府がコントロールできると、地方政府はその意見に追従せざるを得なくなるということか。



 短期保険証は期限が短いが、保険証としての効力はかわらない。有効期限が短い分、交付された区民と早く接触できるメリットもある。
 だが、資格証明書を一度交付すれば、最後通告を宣言したようなもの。それで収納率があがるとは、とうてい考えられなかったというのだ。(p.169-170)


厚労省が資格証明書が市民との接触の機会になるとしていることに対する批判。短期保険証と資格証明書とは、保険料の納付相談の一連の流れの中にあっては、まったく異なる意味を持つ。



 国保の都道府県単位での統合は、介護保険制度がそうであるように、国の責任と財政負担を都道府県に押しつけることが予想される。都道府県単位で一律とされることが予想される国保保険料・税もこの統合によって大幅に引き上げられることになるのではないだろうか。また、この統合のなかで国保に相互扶助の保険原理をつらぬくことで、国の責任を棚上げにすることも予想される。(p.199)


本書は10年以上前に書かれた本だが、基本的には国保の都道府県への統合は中央政府としてはここで指摘される流れを志向しているように思われる。地方政府側は(知事会が協議からの離脱を示唆するなど)多少の抵抗を示してはいるが、流れを大きく変えるほどのインパクトは持てないのではないか、と思われる。

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