アヴェスターにはこう書いている?
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徳山喜雄 『安倍政権と新聞 「二極化する報道」の危機』

 以上のように産経、日経、朝日3紙の2013年10月24日朝刊に、日米豪、日露、日英の安保上の連携強化の動きが書かれ、いずれも中国への牽制を意図したものだと伝えた。そして、この連携強化とセットで、日本の秘密保護法制の整備が必要と示唆するものだった。翌25日夕刊の在京各紙は、秘密保護法案が閣議決定され、安倍政権は成立をめざすといっせいに報じた。
 話がよくできているのに驚かされる。産経、日経、朝日新聞の記者はそれぞれ別の政府関係者から情報を得て、特ダネとして記事を書いていると思われるが、蓋を開けたら、どの新聞も同じトーンで中国の脅威を訴え、日本版NSCの設置と秘密保護法案の成立の後押しを結果的にしている(させられている)のである。
 読売、毎日、東京新聞の記者にも安保をめぐる別のネタがリークされている(される)と思われる。このように安倍首相をとり巻くスタッフたちは、周到な準備をしたうえでメディアを利用していると考えられる。(p.46-47)


安倍晋三という人間の危険性に対して十分に警戒しており、メディアなどの情報に対して裏読みをしたり、背景を常に意識しながら接していれば、こうした活動をしているであろうことは容易に推測がつく。第2次安倍政権になってから、情報に接することの不快さが日増しに増している。このような悪意が見える(にもかかわらず、周囲のほとんどの人間がそのことに鈍感だ)からである。

先日の衆議院の解散(12/14の総選挙)についても、いろいろと言いたいことがあるのだが、マスメディアが次第に政府・与党の広報機関に変質している(権力側にそのイニシアティブがあるのだが、それへの抵抗をメディアが十分していないし、抵抗できないように巧妙に操作が行われてきている)のを感じる。まさに、中国のメディアが共産党の広報機関に過ぎず、権力監視の役割などになっていないのと同じになっていっているのである。



 文芸評論家の斎藤美奈子さんが東京新聞の8月28日朝刊「本音のコラム」で、汚染水漏れと五輪招致について、次のような切れ味のいい指摘をした。
 「今の福島第一原発は壊れたトイレに近い。汚水が便器からあふれ出し、バケツを集めて次々ためるもバケツも破損。汚水は床にたまり、トイレの外に浸出し、このままだと家中の床はおろか玄関から外に出て隣家にも影響しかねぬ状況だ。それなのに、この家の主は『うちで五輪を開こうぜ』などとはしゃいでいる。私には壊れたトイレを放置して友人をパーティに招こうとしているように見える。まともな友人なら『順番が違う』と思うだろう」(p.142)


うまい譬えだ。



 安倍晋三政権発足後1年余りの日本経済は、「アベノミクス」なる言葉に翻弄され振り回されてきた。仮にそう考えるなら、アベノミクスという言葉に飛びつき、喧伝しつづけたジャーナリズムやマスコミに大きな責任があるだろう。
 マスコミは見出しにとりやすいキャッチ―な言葉に弱く、多くの人に読まれたい、あるいはみてほしいと思うあまり、その本質を考えず無定見に使い出す癖がある。(p.171)


「アベノミクス」という言葉と、それを無定見に振り回すマスメディアに対する批判はもっと行われるべきだろう。

私の「アベノミクス」なる政策に対する評価は次の通りである。

「アベノミクス」を構成する「3本の矢」は「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」であるとされる。厖大な財政出動を行うことによって、短期的に目先の経済指標は上向くのは当然のことである。これによって旧来の自民党の支持者たちに金が配られることになる。日銀はこの膨大な国債を買い入れつつ莫大な金融緩和によって円安を招き、(海外投資ファンドの投資を呼び込むことで)株高を実現する。これは株を持っている富裕層や上場企業の経営側にいる人たちにとっては大きな利益となる。大企業がこぞって賛成するとテレビなどのマスメディアもスポンサーでもあるため、マスメディアも政権を批判しにくくなる

こうして批判の声を小さくしておいて、株高が実現したと言えば、何となく「景気が良くなった」ような気分が社会に蔓延してくる。この気分に浮かされた人びとは、政府の経済政策を支持する方向に傾く、というわけだ。そして、その支持(というかかなりの程度、単なる好印象)を取りつけつつ、安倍政権は集団的自衛権の行使(憲法改正)や原発再稼働など、本来ならば反対の方が多いような政策をなるべく目立たないようにこっそりと行うことで、次々と思い通りのことをやってのける、という算段である。

ある意味では、ここまでは「うまくいっている」と言ってよい。しかし、これはいつまでも続けられるものではないし、これをやめた後または続けた先にはより大きな後遺症が残る(内容のない株価の上昇はバブルと同じであることや国債の利子が上がると財政破綻へと至るし、タイミングによってはハイパーインフレなどのリスクも高めている)危険を高めている。

さらに「成長戦略」なるものは、内容がほとんどないので、経済的な成長、より正確には人々の暮らし向きがよくなることにはほとんど何の貢献もしない(むしろ悪くする)のは明らかである。単に人々に期待を持たせることによって支持率を得るための道具という程度のものでしかない。

こうやって時間を稼いで、人びとの生活の改善に結びつくことは何もしないでいる間に、円安による生活費の高騰によって消費環境が悪化させられ、企業の経営側に有利な制度変更(労働に関する規制の撤廃など)によって労働環境も破壊されていく。「成長戦略」の効果のなさについて、数年後には批判が高まるだろうが、その頃には無策であったことのツケが(富裕層よりも)庶民の側に回ってくることになる。この間、安倍晋三がやりたいことを次々と実現していくということは、政府の権力を縛る制度は次々に壊されていくことを意味する。つまり、少数の権力者が恣意的に統治することができるような、つまり、日本の政治体制は中国の政治体制に次第に近づいていくことになるだろう。

先日、衆議院が解散され、12/14に衆院選が行われてしまうが、この選挙は、この流れを安倍晋三が何とか維持するために仕掛けられたものである。消費税増税の先送りが争点だと言い、また、「アベノミクス」を続けるか否かが争点だとも、政府側は(勝手に)言っているが、当然そんなものはごまかしに過ぎない。選挙で与党が過半数をとった後、数ヶ月後(特に2015年4月の統一地方選挙後)には、いわゆる「安全保障」の問題がクローズアップされ、これを「国民に信を問う」ことをせず(先の総選挙で信任されたと言い張って)進めていく過程で、統治機構が破壊されて(統治側の権力がいくらでも恣意的に使える方向に変えられて)しまうであろう。

マスメディアのいくつかはある程度の抵抗を現在のところ(「安倍政権の政治手法も争点になる」などとして)抵抗を示しているが、恐らく、投票率は低くなるだろう。これは組織票を持つ公明党や自民党に有利な結果になることを意味し、結果、過半数は容易にとられることになろうだろう。そのようになれば、この選挙は政治的自由や民主的な社会の終わりへと向かう道である。

実際、今回の選挙では、安倍政権の政治手法こそ本当に問われるべきものである。それは正論であり、まさに正しいことを言ってはいる。しかし、政治にあまり関心が深くない人にとっては、そのことを争点化しようとしても、評価するための十分な尺度を持っていないため、争点にはならない可能性が高い。せいぜい願いうることは、今回の解散への違和感から自民党への批判票が野党にできるだけ多く流れてくれる――そして、その受け皿が維新の党や次世代の党のようなトンデモ政党ではない――ことくらいである。



 このような状況だから、日本のメディアは余計に、良質の考える材料を提供していかなければならない。だが、中国は共産党の独裁国家で、そう簡単に情報がとれる国ではない。報道することがきわめて難しい国といっていい。では、読み手はどうすればいいのか。情報が乏しいうえ、バイアスがかかるケースが多い中国からの報道は、複数の新聞を読み、比較しながら情報の空白部分を補っていくことが一つの解決策だ。まずは、読み比べることを薦める。(p.201)


中国に関する報道に関するコメント。本書では一つの解決策と言っているが、ほとんど唯一の解決策と言ってもいいのではないかと思う。



 それでは、近年の中国とアフリカのつながりはどのあたりからはじまったのだろうか。
 1971年秋、中国の国連参加が正式に決まり、ニューヨークの本部にある本会議場に2人の中国人代表が着席、満面に笑みをうかべ身体を大きくゆすって喜びをあらわす印象的な写真がある。……(中略)……。
 中国はこの瞬間を迎えられたことを「アフリカへの恩」という。当時の新聞を繰ってみると、深夜の国連総会で投票され、76票対35票の大差で中国の国連参加を決議、これに伴い「国府〔中華民国国民政府の略称〕、直ちに脱退表明」したとある(朝日新聞1971年10月26日夕刊)。この賛成76票のうち26票がアフリカ票だった。(p.208-209)


中華人民共和国が国連の参加国となるに際して、アフリカ諸国からの票が大きな意味を持っていた。なるほど。こうした経験があったということが、昨今のアフリカへの積極的な進出の一つの背景にある、ということか。



 一方、中国外務省は欧米メディアの報道が伝わった23日の会見で、「靖国は東洋のナチスであるA級戦犯をまつっている」とし、我が意を得たりといわんばかりに欧州の反ナチ感情に訴えた。
 中国の各国駐在大使らは14年に入り、現地メディアへの投稿のほか記者会見や各種会合などさまざまな機会を通じて、安倍首相の靖国参拝を批判している。この中国の国際世論に訴えるネガティブ・キャンペーンは約50カ国におよぶというから、ただ事ではない。
 たとえば、朝日新聞1月24日朝刊によると、1月16日の仏紙フィガロで中国の駐仏大使が「ヒトラーの墓に花を供えるところを想像してみてほしい」といい、「A級戦犯が合祀された靖国神社を『ヒトラーの墓』になぞらえ」た。また、「イスラエルではホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を、英国では世界的なベストセラー小説『ハリー・ポッター』に登場する闇の帝王をそれぞれ引用し」ている。さらに、「安倍首相がアフリカ3カ国の歴訪を終えた1月中旬、中国の駐エチオピア大使は安倍氏を『アジア最大のトラブルメーカー』と呼ぶ記者会見を開催した」という。
 ここまでいう中国側の見識を疑いたくなるが、2013年12月26日の首相の靖国参拝以降、日中対立の波紋は東アジアにとどまらず、欧米や中東・アフリカなど世界各地に拡散している。このような中国の対日キャンペーンの最中に、安倍首相が日中の武力衝突の可能性を否定しなかったと欧米メディアに伝えられると、世界の人々は、日本のタカ派首相が受けて立つかのような強硬発言をしたとみるのではないだろうか。(p.235-237)


以上は、2014年1月22日、ダボス会議で安倍首相が尖閣諸島をめぐる日中の武力衝突の可能性に関する発言の中で、第一次大戦のイギリスとドイツが最大の貿易相手国だったが戦争は起こったと言いながら、武力行使を否定しなかったことが欧米メディアに波紋を呼んだことに関連するコメント。

安倍晋三やそれに近い立場の右翼ないし「保守」の連中の発言は、かなり国際的な常識からは離れている。中国のネガティブキャンペーンに揚げ足を取られるようなことをすべきではない。したがって、安倍晋三やそれに近いような連中が首相や政府の要職に就くべきではない。この選択に加担させられてしまっている者として恥ずかしく思う。

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