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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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稲垣佳世子、波多野誼余夫 『無気力の心理学 やりがいの条件』(その2)

エイムズという人により、小学五年生の男児を対象にして行われた実験である。
 二人がペアになって課題を解くことが要求された。ただし解くのは、それぞれが自分一人の力でやることになっていた。課題は、知的課題の一種で、幾何学図形の一筆書き問題ともよべるものである。鉛筆を紙の上からはなさず、しかも同じ場所を二度通らずに複雑な形の幾何学図形を一筆書きでなぞるのである。二つの実験条件が設定された。競争条件と非競争条件である。競争条件では、二人のうち、成績のよかったほうが「勝ち」になり、その子はごほうびにちょっとしたおもちゃがもらえることが前もって告げられていた。非競争条件では、二人のどちらにもごほうびが与えられることになっていた。研究に協力してくれたお礼という名目だった。どちらの条件でも、一組の問題を解いたあと、実験者から、二人の成績が読み上げられた。したがって、お互いに相手が何題解けたかがわかるようになっていた。このあと子どもたちは、実験場面についての「感想」をいろいろな角度から質問された。この「感想」と実験条件との関連をみることが実験の目的だった。
 次のようなことが見出された。非競争条件では、自分はよくやったという満足感は、自分がどれほど努力したか、その自己評価と対応していた。・・・(中略)・・・。ところが、競争条件では、満足感と努力の自己評価のあいだに、そのような関係はみられなかった。そのかわりにみられたのは、自分の能力の高さと運のよさの自己評価が満足感と大いに関係がある、ということだった。・・・(中略)・・・。
 さらに、自分や相手の成績をどう評価するかについての結果も興味深いものだった。・・・(中略)・・・。
 その結果は、競争、非競争の両条件とも、成績のよかった者が、わるかった者より、よりたくさんの金星をもらうにふさわしいと考える傾向があった。これはある意味で、あたりまえの結果である。注目すべきなのは、成績のよかった者とわるかった者とのあいだでの賞の差が、競争条件のほうではより著しかったことである。つまり、競争条件では、勝てば、必要以上に自分をえらいと思い、とてもたくさんの賞を自分に与える。そして負けた者へは賞を非常に少なくし、その価値をひどく低く見積もるのである。では、自分が負けたときはどうか。このときは、自分に与える賞をひどく少なくする。いいかえれば、自分の能力のなさを必要以上に責めるという傾向がみられた。いわば、結果(勝ち負け)によって、一喜一憂するのである。非競争的条件では、そうした激しいコントラストはみられなかった。
 ここでみられた結果は、その後の研究でも繰り返し確認されている。
 こうみてくると、競争が強調される文脈では、人々が結果志向的になることがよくわかる。しかも、この結果は、自分の意志では変えることの難しい「能力」や「運」によって決まっていると考えるようになるのである。この意味で、競争を強調する文脈は、効力感どころか無力感を生みやすい素地を多くもっているといえよう。・・・(中略)・・・。エイムズは、自分自身の一連の実験結果にもとづき、競争を「基本的に失敗志向のシステムだ」とさえ述べている。・・・(中略)・・・
 また、競争的文脈では、そこにいる人々が、お互いに友好的でなくなる――これも、実験的に繰り返し確かめられてきた事実であることを付け加えておこう。
 このようにみてくると、競争を強調する雰囲気は、効力感を生み出す他者とのやりとりを支える環境として好ましくない、といえよう。(p.76-80)



経済だけでなく教育の問題などでも、現在の日本ではあらゆる分野で「自由な競争によって社会の活力が高まる、活性化する」という神話が信じられているが、実証研究はそれを否定しているということである。

競争ばかりを強調することは、社会を活性化させるどころか、むしろ、人々に無力感を感じさせる要因となり、社会の活力を失わせるのである。

なお、一言補足すると、あることの結果が、自分の意志で変える事ができる要因(例えば、努力)によって決まると考える場合、無気力になりにくいが、自分の意志で変える事ができない要因(例えば、能力・才能や運)によって決まると考える場合、無気力になりやすいということが、実験などで確認されている。そして、何に原因を帰属させるかは、人の個性もさることながら、社会的な文脈によって変わってくるのである。従って、自分の意志で変える事ができない要因に因果帰属させる傾向が強まる競争的な文脈では、やる気がなくなりやすい、というのが本文の論理である。(この部分の論証は本書のもっと前の部分で行われている。)
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント
TBありがとうございました
こんにちは。
私の記事へのとても適切なTBありがとうございました。私からもTBさせていただきます。
教育心理学の知見の逆をいく安倍のキョーイクカイカクに改めて怒りをおぼえます。どうしたらこういう研究成果をもっと幅広く知ってもらうことができるのでしょうか。
【2007/03/21 07:20】 URL | 村野瀬玲奈 #6fyJxoAE [ 編集]

どうもです。
村野瀬玲奈さん、こんにちは。このブログの管理人Zarathustra(ツァラトゥストラ)です。このブログは「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編というか、日々の「個人的な読書メモ」として使っているものです。これからもご活躍を期待しております。そして、今後ともよろしくお願いします。ところで、今日はNHKスペシャルで教育問題の特集やってますね。さて、どんな内容になることやら…。ちなみに、この本は1981年頃に出たものなので、概ね1970年代の研究成果と思われます。この本の著者たちが書いたものは、結構教育問題を考える上で参考になりますよ。
【2007/03/21 19:37】 URL | Zarathustra@管理人 #- [ 編集]


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新自由主義による学校教育や研究の破壊 + 丸川珠代、テレビ朝日、それに田原総一朗

昨日のエントリで指摘した、教育に新自由主義を導入することの弊害は、深刻な問題だと思うのだが、「AbEnd」でも議論されることはほとんどないという印象を持っている(政治思想面からの批判に偏りがちだと思う)。そんな中 きまぐれな日々【2007/05/25 07:46】

「競争原理」は万能なのか? (不定期連載『決まり文句を疑う』)

人間が成長する上での「競争」、教育の場での「競争」についてつらつら考えていたところに、尊敬するるか親方が「学ぶ意欲低い子どもたちが問題なのか。」というエントリーを書いてくれたので、それにのっかって私も一言言 村野瀬玲奈の秘書課広報室【2007/03/21 07:20】