アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

半田滋 『日本は戦争をするのか――集団的自衛権と自衛隊』(その3)

 問題は日本版NSCが集め、議論する大前提となる外交・安全保障上の情報が米国頼みとなることにある。……(中略)……。
 日本の安全保障に関係する重要な情報は、とりわけ中国や北朝鮮を宇宙から撮影した米国の偵察衛星からの画像である。……(中略)……。
 仮に米国から一年前の画像を見せられ、「昨日撮影した画像」といわれても、そのウソを見破る手段がないのである。日本政府はスパイと呼ばれる特殊な工作員を一人も持っておらず、また情報を収集する在外公館は十分な活動をしているとは言い難い。アフリカではひとつの在外公館が三カ国も四カ国も兼任しており、集まる情報の質・量ともたかが知れている。
 米国が正しい情報を提供してくれれば問題ないが、米国には「フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っている」との誤った情報をもとにイラク戦争に突入した過去がある。大統領を頂点にする少人数のNSCで議論すれば、大統領の思う方向へとゆがんだ情報が集まる危険性があることをNSCの本家、米国が証明した。故意であれ、過失であれ、事実と異なる情報が米国から提供され、日本版NSCの閣僚が日本にとって重大な決断を下すことになるのである。(p.98-100)


安倍政権のような、物事の客観的な判断ができない(偏った考え方を持ち、事実より自分たちの願望を優先して判断する傾向が強い)人物が集まった政権ではこの危険性はさらに高い。



 発足からわずか20日後の2013年12月23日、早速、日本版NSCは重大な決断を下した。アフリカの南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に参加中の自衛隊が韓国軍に銃弾一万発を提供することを決めたのである。
 ……(中略)……。
 菅氏は過去の国会答弁と整合性がとれない点を「人道性」「緊急性」という反論しにくい理由を挙げた。「だから仕方ないだろう」との開き直りである。韓国で日本から銃弾を受け取った事実が報道されると、批判が高まり、韓国政府は「追加防御の意味で国連に弾薬の支援を要請し、国連を通じて支援を受けたというのがすべてだ」(2013年12月24日、趙泰永韓国外交部報道官)と緊急性を否定、日本側の根拠が揺らぐことになった。その後、銃弾は南スーダンで自衛隊に返還された。
 銃弾の提供は日本版NSCを拡大した元の安全保障会議メンバーである九人が集まり、即決された。会合は非公開のうえ、議事録は作成していないので当然、残っていない。どのような情報を基にどのような議論があったのか、検証する術がない。国民の見えないところで、重要政策が転換されるおそれが現実のものになった。(p.100-102)


数人だけの秘密の会合で、違法・違憲の判断を含めた判断が、まともな議論もなく恣意的に決めることができるようになった、というのが日本版NSCの本性と考えるのが妥当であると思われる。

すなわち、憲法違反に当たる行為を「即決」したということは、その点について慎重に議論をしなかった、ということである。また、外部からの検証も不可能な中で、憲法との整合性がとれないような判断を下したということは、公共的な場での議論に耐えられるような内容の議論はなかったと考えるべきであり、恣意的な判断であったと言える。



 政府の弾道ミサイルに対する対応方針は、日本に影響が及ぶ事態ではない場合でも全国瞬時警報システム(Jアラート)で内閣官房から自治体に伝えることになっている。今回は二度の発射とも使われなかった。日本版NSCが創設されたことで政治的な思惑が絡む余地が生まれ、かえって情報伝達が遅くなったといえるだろう。(p.102-103)


2014年の3月3日と3月26日に北朝鮮がミサイルを発射した際、日本政府の発表は前者は18時間近く後、後者は3時間弱が経過した後と遅かった。特に前者は日朝赤十字会談への影響を考慮したものと見られ、日本版NSCなるものがどのような効果を持つものなのかがより如実に明らかになったと言える。



 GSOMIAが締結されて、米国の軍事技術が提供され、日本の防衛産業でも米軍の最新兵器の生産や修理ができるようになった。米国製の最新鋭戦闘機F35の国内生産は、その典型例である。F35の生産をきっかけに、安倍政権は武器輸出三原則を見直し、防衛装備移転三原則として全面解禁した。「わが国を取り巻く安全保障環境が一層悪化している」といって憲法解釈まで変えようという政権が、武器を海外に輸出して安全保障環境を一層悪化させようというのだから、まるで漫画である。(p.106)


GSOMIAとは「軍事情報包括保護協定」といい、第一次安倍政権下で締結された日米の軍事に係わる秘密保護協定である。本書によると、これが特定秘密保護法の原点であり、かつては日本政府はGSOMIAの締結を否定していたが、2003年に小泉政権が米国からミサイル防衛システムの導入を閣議決定したことによって方向転換が行われたという。

アメリカとの軍事的一体化を進める一環として理解すると、安倍政権が進める様々な動きが説明できる。GSOMIAの締結、武器の生産や修理、武器輸出三原則の否定(転換)、日本版NSCの創設、特定秘密保護法の制定、そしてもちろん、集団的自衛権の行使可能とする憲法解釈(解釈改憲)。安倍晋三らが言う憲法改正の内容がどのようなものを志向しているのかは、この流れの中に位置づけて見なければならない。



 安倍首相が取り上げたのは、日本が攻撃を受けていない場合に自衛隊が武力行使する「マイナー自衛権」の問題である。……(中略)……。
 現に中国との間で尖閣諸島の問題があるのだから、「集団的自衛権を行使して米国を守る」といった荒唐無稽な議論と比べ、現実味を帯びたテーマであることは間違いない。しかし、警察や海上保安庁では手遅れになるから、最初から自衛隊を使えとの発想は、紛争の火種をバラまくのに等しい。中国でさえ、尖閣諸島には海上警察である「海警局」が対応している。米国では軍の下にナショナル・ガードや沿岸警備隊を、ロシアは軍隊とは別の国境警備軍を設けている。他国との揉め事にいきなり軍隊が出ていって国際紛争にしないための知恵である。軍隊が国境警備を担うのは、海を隔てた大陸側の欧州各国が安定していて、警備出動の機会がない英国の例がある。
 「隙間」を埋める作業とは、結局、自衛隊の現場指揮官に武力行使の権限を与える新たな法制の整備ではないのか。(p.162-163)


先人の知恵が次々と頭の悪い安倍政権によって剥ぎ取られていくのを見るのは腹立たしいとしか言いようがない。一度失われた知恵は、再度形になるまで相当の時間を必要とするだろう。



 これまでも自衛隊を海外へ送り出すまでは国会で論議するが、派遣してしまえば「よきに計らえ」だった。達成すべき目標も撤収時期も定めず、戸惑う自衛官の背中を「とりあえず行け」と押すだけである。(p.175-176)


無責任な政治家の決定と、それに翻弄される自衛官、という側面もあるということは押さえておきたい。この場合、明確なミッションがないという点は非常に問題となる。



 ベトナム戦争で米国と、中越戦争で中国と血で血を洗う壮絶な経験をしたベトナムは、軍隊を海外へ送り出すことに慎重だった。太平洋戦争で軍人、民間人合わせて三百万人以上が死亡し、二度と戦争はしないと誓って平和憲法を制定し、海外派遣を見合わせていた日本と似ている。近年、日本のPKO協力法に相当する法律をつくり、海外派遣の検討を始めた。
 その実績からPKO大国と呼ばれるカナダ、オーストラリアではなく、なぜ日本を研修先に選んだのか。ビン少将はこういう。
 「PKOとは何か、たくさんの疑問があり、実態を知りたかった。日本は武器を使わない国際貢献を積み上げ、PKOでは人道支援に徹している。日本のPKO協力法が定めている参加五原則(①紛争当事者間の停戦合意、②紛争当事者による日本の参加同意、③活動の中立性、④以上のいずれかが満たされなくなった場合の撤退、⑤武器使用は必要最小限度にとどめる)に強い印象を受けた。いずれもベトナムの国情に合うものです」(p.184-185)


安倍政権の思惑が実現すればするほど、日本はベトナムのような平和志向の国に対する模範性を失うことになる。



 しかし、安倍政権において安全保障問題で主導権を握るのは防衛省ではなく、外務省である。……(中略)……。
 外務省と防衛省との対立は国連平和維持活動(PKO)協力法が制定された1991年当時から続く。自衛隊の海外活動を通じて、日本の国際的な評価を高め、国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す外務省に対し、防衛省は「外務省の道具ではない」と反発してきた。
 ……(中略)……。
 阪田雅裕元内閣法制局長官は集団的自衛権の行使を認めろ、というのは霞が関で外務省だけという。その外務省と安倍首相が相思相愛の仲なのである。(p.200-201)


なるほど。「外務省と防衛省との対立」および「外務省と安倍晋三との蜜月の関係」という観点は非常に重要であると思われる。

このように見てくると、安倍晋三がやたらと外遊したがる傾向(国会対応よりも重視している感がある外遊の多さ)と外務省との関係の近さとの間に関連があるのでは?というあたりも気になってくる。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/971-40e10f3d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)