アヴェスターにはこう書いている?
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半田滋 『日本は戦争をするのか――集団的自衛権と自衛隊』(その1)

 尖閣諸島をめぐる日中の意地の張り合いが続く限り、常に不測の事態に発展するおそれはある。中国がソ連、インド、ベトナムとの間で繰り返してきた国境紛争をみると、領有権争いが本格的な戦争に発展した例はない。(p.ⅰ)


安倍政権が憲法解釈の変更(解釈改憲)が必要だと言う理由は、煎じ詰めれば「国際情勢の変化」しかない。そして、必要だから(安倍政権が示している解釈が憲法のテクストに照らして可能であるかどうかということには触れず)解釈の変更が必要だと叫ぶだけである。しかし、中国との領土をめぐる問題は、過去の例に照らすと戦争に発展するようなものではなく、それ以外の情勢は東北アジアは概ね安定していると見るべきだというのが、本書の議論の一つである。

こうした主張をテレビや主要な新聞などのマスメディアではまず見かけないように思う。安倍政権は漠然とした不安を煽って自らの思惑の方向に世論を誘導しようとしている。このことに対して、人びとはもっと自覚的になるべきである。



 安倍首相は、2013年4月23日の参院予算委員会で「村山談話」について聞かれ、「侵略という定義は学会的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と答弁した。明らかに間違っている。
 1974年の国連総会決議3314は「侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全もしくは政治的独立に対するまたは国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、この定義に述べられているものをいう」と侵略の定義を明快に示し、条文で具体的な侵略行為を挙げている。日本は、もちろん賛成し、全会一致で決議された。(p.14)


安倍晋三のこの発言に対して、大手の新聞(電子版)を見た限りでは、問題だという認識は示されていても、本書のように「明らかに間違っている」とまで断言したものは未だに見たことがない。明らかな間違いに対しては、本書のように明快に指摘すべきである。

報道の「自由」は政府によって首根っこを摑まえられている(取材拒否などの手段のほか、例えばテレビは放送する権限などを握られている――だから、本当の意味で「自由」ではない)。このため安倍政権のような強権的で自身と異なる意見及び事実に対して不寛容な態度をとる権力者の前では、まともに批判が行われない。この言論の不自由と、それを利用した偽りと誤魔化しに満ちた世論誘導。これらのことには、本当に苛立たされる。



 もっとトンチンカンなのは、海保に即応予備自衛官を編入させるとの主張だ。即応予備自衛官は約5千8百人いるが、すべて陸上自衛官である。陸上戦闘のプロを船乗りにしろというのは筋違いに過ぎる。安倍首相は2006年から07年まで首相として自衛隊の最高指揮官でもあったが、護衛艦のことも、即応予備自衛官のことも知らなかったと考えるほかない。この勘違い発言は価値ある提言のように報道され、マスコミの無知が証明されることにもなった。(p.22)


安倍晋三らしいトンチンカンぶりである。マスコミがこうした安倍晋三の主張に対して批判しないあたりもまた、権力の飼い犬という印象を増幅させる。



 勘違いというより、事実をねじ曲げた発言もある。2013年2月15日にあった自民党憲法改正推進本部で安倍首相はあいさつの後、非公開の場で約15分間講演した。
 翌日の『朝日新聞』によると、安倍首相は北朝鮮による拉致被害者を引き合いに出して「こういう憲法でなければ、横田めぐみさんを守れたかもしれない」と改憲を訴えたという。1970年代から80年代にかけて日本各地であった失跡事件について、警察庁は当初から北朝鮮による拉致と確信していた。しかし、政治がその重い腰を上げるのは2002年、小泉純一郎首相の訪朝まで待たなければならなかった。 
 北朝鮮と向き合ってこなかったのは、自民党政権の問題であって、憲法の問題ではない。日本が改憲して「国防軍」を持てば、北朝鮮は頭を下げ、拉致事件は解決するのだろうか。では、日本とは異なる憲法を持ち、国防軍が存在する韓国でも五百人近い拉致被害者がいる理由を安倍首相はどう考えているのか。(p.22-23)


安倍晋三を含む極右の連中の認知および発言に共通してみられる特徴は、「事実認識と価値判断の区別ができていない」ということである。もっと分かりやすく(このケースに引き付けて)言い直すと、「事実がどうであるか」ということと「こうだったら自分にとって都合がいい」ということの区別がついていないのである。拉致問題を憲法が悪いからだとすることができれば、現在の憲法を貶めることができ、世論を憲法を変える方向に誘導しやすい。だから、事実がどうであるかなどお構いなしに、願望を述べる。こうしたことはもっと公の場で批判されるべきだ。



 国会論戦を経ないで閣議決定だけで憲法の読み方を変えてよいとする首相の考えは、行政府である内閣の権限を万能であるかのように解釈する一方、立法府である国会の存在を無視するのに等しい。憲法が定めた三権分立の原則に反している。(p.30)


同意見である。立憲主義にも反している。ただ、このような暴挙が許されるのだとすれば、「自衛隊は違憲であり、いかなる自衛権の行使も禁じられている」という解釈に変更することもできるということである。少なくとも、安倍政権の解釈は憲法の本文からは明らかに導き出すことができない内容となっているが、こうした方向の解釈は憲法の法文から導き出せるという点で違憲性の度合いは全く違うことになる。


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