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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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キム・ナンド 『つらいから青春だ』(その4)

わが子の人生のまえでは、母親の肝っ玉はかぎりなく小さくなる。だから、母親たちは「食べていける」とにかく安定した職業を好む。成功の可能性を最大限にするよりは、失敗のリスクを最小限にする意思決定をくだすのだ。けっきょく、母親たちがしめすわが子の未来というのは、いつも似たりよったりだ。(p.213)


親が子に望む職業が、失敗のリスクを最小限にするものとなるというのは、確かにそういう傾向がある。これは親自身が子の将来に対して責任を負うことができないことから来ていると思う。



 少なくともぼくは既存の成功には安住しなかったし、ぼくができることではなく、社会がぼくに必要とすることを探して全力投球してきた。(p.224)


特に若い人が職業を探すときの姿勢として、この考え方が適切だと考える。「自分がしたいこと」や「自分ができること」という自己中心的な発想から探していても、いつまでも良い答えは見つからないように思う。それは自分という小さな存在に社会の側を合わせようとするという無理があるからである。

そうではなく、「社会が自分に対して貢献することを求めて来ること」を探すという社会の側から発想することによって、適切な場所を見つけることができるように思う。仕事というものは、何かを作ったり、売ったり、運んだりするが、その何かを必要とする人が社会の中にいるからできるのであって、誰からも必要とされないものは仕事にはならないからである。だから、自分がしたいかどうか、できるかどうか、ということは、二の次にした方が良い。自分が好きでないと思ったことであっても、やってみると違った、ということはよくある。同じように、自分にはできないと思っていたことも、やってみたら違うということもありうる。



 マーケティングの核心は自慢ではなく、消費者が「それ」を買う理由を、たったひとつでも納得いくようしめすことだ。その理由が製品にしっかりとけこんでいるとき、「それ」はまさに納得のいく「ブランド」になる。
 就職も同じだ。自分がどれだけ一生懸命生きてきたかを一句一句知らせても意味がない。会社がなぜきみを採用すべきなのか、たったひとつの理由でもきちんと伝えることが重要だ。(p.241)


一つ前の引用文に対するコメントと同じことが言える。自分を中心として発想(説明)するのではなく、社会や会社が自分を必要としているということを言えるかどうかが就職の時には重要、ということだ。

人に対して就職のアドバイスをする時にも、現在の私は「会社の側」から見て、採用したい人がどんな人だろうか、ということを考え、会社が求めているであろう人物像と求職者の言動がマッチするかどうかを考える。そこのマッチングを考えて就職のアドバイスをすると、本人だけで決めるときよりもはるかに高い確率で就職が決まる。本当に面白いように就職先が決まる。自分の就職活動の時に、この考え方や経験を既に身につけていたら、人生は違ったものになっていたに違いないと思う。



 スペックとは、ある人の貢献度を判断するのが難しいとき、これを予想する代理指標にすぎない。学歴、成績、TOEICの成績などは、学習能力、知能、誠実さの代理指標であって、資格やさまざまな経験などは、業務関連知識、組織適応力、その人の性質などについての代理指標だ。(p.243)


なるほど。だから、就職の面接などでは多少の効果があるが、実際に働いてからは、こうした「スペック」などよりも、実際の貢献度を直接見ることができるから、あまり意味がないわけだ。


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