アヴェスターにはこう書いている?
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山本紀夫 『ジャガイモのきた道――文明・飢饉・戦争』

とにかく、ヨーロッパはアメリカ大陸からジャガイモとトウモロコシという新しい食糧源を得たことによって大幅な人口増が可能となり、それは歴史を変えたといっても過言ではないほどである。(p.64)


ジャガイモはスペインからフランス、イギリス、ドイツなどヨーロッパ北部に広がり、トウモロコシはイタリア、ギリシャ、ユーゴスラビアなどヨーロッパ南部に広がったとされる。それぞれ冷涼な気候と温暖な気候に適していたためである。



この「フィッシュ・アンド・チップス」が普及したのは19世紀中ごろ、とくに60年代以降のことであった。そして、20世紀はじめのロンドンでは1200軒ものフィッシュ・アンド・チップス店があったとされる。その背景には、汽船によるトロール漁法の展開で魚が大量にとれるようになったこと、冷凍技術と鉄道による輸送手段の確立があったといわれている。したがって、フィッシュ・アンド・チップスは、労働者の食事の中心になっていたことや産業革命の技術変化があってこそ誕生したものであることなどを考えれば、産業革命の象徴といえそうである。(p.80-81)


フィッシュ・アンド・チップスはいわゆる産業革命の時代の社会と技術の展開を背景として普及したものというわけか。なるほど。言われてみれば、高くない素材を簡単な調理法で作っているあたりからも、いかにも「当時の労働者階級の食事」という感じがする。

ただ、イギリスのいわゆる産業革命は18世紀後半から19世紀の序盤くらいの時期とされるから、フィッシュ・アンド・チップスが普及したのは、その少し後ということになる。その意味では、いわゆる産業革命(そのものというより、それ)によって生じた社会と技術の変化が普及の背景要因となっているわけで、「産業革命の象徴」というよりは「産業革命の子」などの方が適当では?という気もする。



 このようにインドでもネパールでも、近年ジャガイモの栽培面積は急速に拡大している。後述するように、これはインドやネパールだけではなく、発展途上国全体に共通する現象である。今やジャガイモは様々な偏見から解き放たれ、大きく飛躍する時期を迎えているのである。(p.121)


世界的な人口増大による食糧需要の増大が背景にあるのではなかろうか。



 とにかく、明治の後半から大正初期にかけて、『青森県地誌』によれば「主要畑作物にして著名なるは馬鈴薯となす」といわれるほど、ジャガイモは青森でも広く普及するようになっていた。(p.145)


北海道では明治初期から作られていたが、すぐ隣の青森では明治後半に広く普及するようになったとされる。このあたりは人口の増大や一般の人々の経済力の水準が高まりつつあり、食糧の需要が拡大していたことがあるのではないだろうか。



そこで、明治5年に出版された『西洋料理指南』という本を参照してみよう。この本に日本最初と思われるカレー料理の作り方が出ているからである。
 ……(中略)……。
 つまり、当時のカレーには肉のかわりに魚や海老、そして鮭まで入れているが、ジャガイモはなく、野菜は葱や生姜がいわばスパイスとして使われているのみである。これは、明治19年および26年に『婦女雑誌』に書かれたカレーライスの作り方でもかわらず、次の明治31年に出版された『日用百科全集』になって、ようやくジャガイモが登場する

 肉を細かく切り鍋に入れて肉がかぶるくらいの水を加えて20分煮たら、葱を入れて10分ほど煮る。さらに芋を入れ芋がやわらかくなったらカレー粉、塩、胡椒、とうがらしを混ぜ、少量の小麦粉をば水にてときまぜ……


 このあと、明治36年にはカレー粉も発売されるようになり、急速にカレーライスは普及していった。この背景には、文明開化とともに肉食が普及したことも見逃せない要因である。ジャガイモは肉と一緒に調理されてはじめて、その淡白な味を生かした料理法が出現したといえるからだ。このような点で思い出される料理が「肉じゃが」であろう。この肉じゃがも明治時代には普及するようになっていたとされる。(p.147)


大変興味深い。明治前半のカレーにはジャガイモが入っていなかったとは。肉食との組み合わせによってジャガイモの活躍の場面も増えるというあたりについては、肉食は文明開化(西欧化)という文化的な側面だけでなく、経済的にもある程度肉食ができるくらいの経済力を庶民が持ち始めたという経済的な面も押さえておく必要があるように思われる。



 これまで、マルカパタ村のジャガイモ栽培を中心として中央アンデス高地における伝統農業の特色をみてきた。それら全体としてみると、その特徴は高い生産性よりも、収量は低くても安定的な収穫をもとめたものであるといえそうである。おそらく、中央アンデスの農業がこのような特色をもっていたからこそ、そこでは数千年にわたり多数の人間が生活することができたのであろう。(p.179)


なるほど。昨今のグローバル化(というイデオロギー)のように生産性向上ばかりを求める考え方では持続的な文明を維持することは出来ないという批判ともとれる。



つまり、日本のジャガイモの消費量は、ヨーロッパの四分の一でしかなく、著しく少ない。したがって、ジャガイモを代用食としかみない考え方は日本的なものであり、ヨーロッパのようにジャガイモがれっきとした主食になっている国も少なくないのである。(p.188)


日本のジャガイモ消費量が他国と比べてそんなに少ないとは思わなかった。



 ジャガイモなどのイモ類に対して、もうひとつの大きな偏見がある。それは、イモ類がデンプンだけで、他の栄養素をほとんど含んでいない栄養的に劣った食品だとする考え方である。これは、はたして本当だろうか。ここで日本人が主食としているご飯(精白米)、小麦を材料とするマカロニ・スパゲッティ類、そして蒸しジャガイモを比較してみよう。図終-1は、可食部100グラムについて栄養価を比較したものである。これによれば、ジャガイモのエネルギーは84キロカロリーで、コメの168キロカロリー、小麦の149キロカロリーには及ばないものの、ミネラルやビタミン類は決して劣らない。とくに、穀類がほとんど含まないビタミンCをジャガイモは豊富に含む。中ぐらいの大きさのジャガイモ一個が推奨一日あたり摂取量のおよそ半分のビタミンCを含み、またカリウムも推奨一日あたり摂取量の五分の一を含んでいる。すなわち、ジャガイモの栄養素は決してデンプンだけではないのである。(p.188)


確かに、ジャガイモについては、こうした偏見を漠然と持っていたかもしれない。ビタミンCやカリウムが含まれているというイメージは一般にはあまりないのではなかろうか。なぜだろう?「緑黄色野菜」がそうした栄養素を含むというイメージで語られるが、それに分類されていない(?)ということが要因だろうか?

いずれにせよ、バナナ、エビ、かつお節などの研究からジャガイモにも手を伸ばしてみたが、食材・食品の歴史は、生活や経済を知ることに繋がるだけではなく、日々の食生活も豊かにしてくれる面があり、学ぶ価値がある。

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