アヴェスターにはこう書いている?
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ヴォルフガング・シュヴェントカー 『マックス・ウェーバーの日本 受容史の研究1905-1995』(その3)

ごく少数の日本の「ウェーベリアン」――そのなかにはかつてのマルクス主義者も混ざっていた――は1935年以降、ウェーバーによって決然と表明された価値自由の教義を発見するに至る。彼らにとって、これは日本の軍国主義下で、あたらしい軍国的官僚政体に取り込まれないための政治的・イデオロギー的な道具でもあった。こうしてマックス・ウェーバーの著作に関する仕事は、1937年の日中戦争勃発後、日本の社会科学のなかで二つの前線に挟まれながら展開していくことになる。一方は、いまや後退を余儀なくされた旧来のマルクス主義との対峙、他方はあらゆる西洋的なものに猜疑心を抱く新興の軍国主義的ナショナリズムとの対峙である。(p.287)


軍国主義化の流れの中での価値自由論の受容についてはすでに引用しておいたが、思うに、このあたりの隘路を通らなければいけなかったことがWertfreiheitを「没価値性」と訳され、(価値判断を行わないかのように)理解されたことの背景の一つかもしれない。



 日本のウェーバー研究には、もう一つ別の際立った特徴がある。これもまた権威主義的な体制下での特別な研究条件に由来するものである。日本の多くの学者は、ドイツとヨーロッパの学問への知的な結びつきを放棄しようとはしなかった。そこで彼らはウェーバーとともに「国内亡命」へと向かったのである。その際、彼らが依拠したのは、マリアンネ・ウェーバーによる伝記と、早くに日本語に翻訳されたカール・ヤスパースのウェーバー論だった。これによって、今日の私たちには奇異に思われる。宗教的装いを与えられた「求道者」としてのマックス・ウェーバーの偶像化が行なわれた。求道者とは日本の仏教の古い概念である。この系列の受容史は主観的なマックス・ウェーバー解釈の最たるものだが、これがふたたびヤスパースの影響のもとで、1950年代の日本の実存主義において復活し、さらに強化された。それは、一部の日本の「ウェーベリアン」たちのもとで、マックス・ウェーバーをヨーロッパ学問の「偉大なる巨匠」として誇大に神話化するのに貢献した。(p.287-288)


マリアンネとヤスパースの影響を受けたウェーバー像は、戦後しばらくの間のウェーバー研究者たちの間で共有されていたように思われる。1970年代頃までのウェーバーの入門書のほとんどが、多かれ少なかれこうした色彩を持っていたように思う。

青山秀夫、安藤英治、大塚久雄などが提示するウェーバー像は、まさに「宗教的装いを与えられた」求道者としてのイメージが色濃く見られる。もう一つ後の世代でも折原浩などは、「宗教的装い」はかなり薄められているが、世俗的な真理探究者という意味での「求道者」というウェーバー像を語っているように思われ、かなりの長期にわたって影響が及んでいると言える。

これへの過剰なカウンターとして「ニーチェの影響を受けたウェーバー」が90年代頃に登場するということだろう。最近の世代のウェーバー研究を見ると、これらの世代とは少し距離を置いて、醒めた目でウェーバーを見ているように見受けられる。そうだとすれば、この約70年ほどの歴史の中で起こったウェーバー像の変化は、私自身の中でここ十数年間に起こったウェーバー像の変遷と同じ流れになっており、興味深い。もっとも、古い本から順に読んできたため、私自身がこうした日本の研究に影響を受けたという面が大きいが。



 日本の国家と社会の徹底的な再編成はまた、日本のナショナリズムとマルクス主義を永続的に排除することを目指したアメリカ占領軍の目標でもあった。アメリカの社会科学は、そのためのイデオロギー装備として、いわゆる「近代化論」を提供した。それは西欧およびアメリカの発展の範例的性格を強調し、それを日本に移植しようとするものだった。(p.289)


こうした理解は本書から得た収穫の一つだった。近代化論が日本に持ち込まれた政治的な意図や効果がより鮮明に見えてきたように思う。



政治小論集は、とくにウェーバーの戦争責任についての論考が中心になった。そのテーマは「天皇制」への批判者が1950年代に主に携わっていたものである。これについては、相沢久訳『政治書簡集(附・戦争責任論)』未來社、1956年を見よ。(p.339)


戦後間もなくのウェーバーのテクストの翻訳状況に関する注より。

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