アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ヴォルフガング・シュヴェントカー 『マックス・ウェーバーの日本 受容史の研究1905-1995』(その2)

マックス・ウェーバーの社会学に関する当時の多くの出版物を傾向的に特徴づけるならば、1975年以降の日本では、彼の著作の歴史的な部分よりも、むしろ理論的な部分により強い関心が向けられたといえるだろう。『経済と社会』の文献批判的再構成を試みた折原浩の研究もまたこうした背景から見る必要がある。(p.266)


なるほど。『経済と社会』が再構成されなければならないことに気づかれた背景として、理論的な部分への関心の広まりということも挙げられるわけか。



 日本にかぎったことではないが、1920年代からウェーバー研究が取り組んできたもう一つ別の問題が1980年頃からふたたび熱心に取り上げられるようになる。それは宗教ないし倫理と経済との関係である。これにはアクチュアルな経済的・政治的理由があった。1980年代は日本にとっていろいろな意味で「黄金の10年」だった。「バブル経済」が実質所得の明確な上昇と貯蓄率の向上につながり、1980年における貯蓄率32パーセントは西側工業国のそれをはっきりと上回った。何よりもまず日本における民間経済と基礎研究を促進した巨額の投資増と先鋭化した資本輸出が、エキゾティズムを煽る西洋の異文化理解のなかで、日本を先進工業諸国のなかの模範国家に仕立て上げた。日本の「経済奇跡」はいまや西側世界に追いつき、いやそれどころか脅かす存在になりつつあると多くの人々が感じた。「日本」対「残りの世界」というタイトルでヨーロッパとアメリカのいくつかの雑誌、新聞が特集を組んだ。西側の文科闘争者の側では「ジャパン・バッシング」が起こり、これに対抗して日本ではあらたな国民意識が芽生えた。それが日本人の社会文化的・民族的な特異性についての議論、すなわちその間に有名になった日本人論へと流れ込んでいった。この発展を背景にして国際的な日本研究においては日本の成功の精神的・宗教的原因を探ろうとする機運が一気に高まり、しかもときにはマックス・ウェーバーの著作が引き合いに出されることもあった。(p.266-267)


90年代以降、日本の社会の中に歴史修正主義的な歴史観や中国や韓国などを憎悪の対象としてヘイトスピーチなどをするような人々の物の見方が、数は多くはないとしてもジワジワと拡がってきた。これは冷戦が終結して植民地主義的な支配に関わる資料が次々と「発見」されて、植民地主義に対して50年遅れの批判が行われたことに対する対抗という面もあると思われるが、その前段の80年代にすでに「ジャパン・バッシング」への対抗という形で「あらたな国民意識」の形成の傾向があったというわけか。なるほど。



アジア経済の成長率に関するウェーバーの問いを取り上げるという形で近年彼の著作が受容されるようになったことは、むしろ社会科学における文化主義的なトレンド転換に助けられた面もある。この転換を通じて、歴史と社会の分析のなかでふたたび「文化」にあらたな意義が認められるようになった。すなわち文化は、他のファクターとならんで社会発展とナショナルなアイデンティティ規定を説明するファクターとして、あるいはさらに極端な場合には、唯一の重要な契機として扱われるようになった。その際、文化主義的な説明枠は二つの機能を果たしている。一つには、市場と情報システムのグローバル化と世界各地での移民の増加を考慮すると、「文化」が、異なる世代と社会層の人々を結束させ、あるいは異文化環境のなかで彼らをそもそも一つにまとめるための最後の絆であるように見えることである。もう一つには、共産主義圏の解体と冷戦の終結によってマルクス主義がもはや政治的に重要な役割を果たし得なくなったあと、文化がイデオロギーの代役を果たすようになったことがある。……(中略)……。
 とはいえ、この連関におけるマックス・ウェーバーの著作の役割には二義性がある。……(中略)……。ウェーバーをよく読めば、共通の価値共同体に属するとされる個々のアジア諸国が西ヨーロッパやラテンアメリカ諸国よりもはるかに多様性をもっていることが理解できたはずである。……(中略)……。それゆえ「アジア」とその政治的・文化的「価値」は雑種的で人工的な構築物であり、それによってなにがしかを説明することはできても、すべてを説明するわけにはいかない。とはいえ、それは共通の文化的遺産を指し示すことによって国家の権威を正当化するのに役立つため、いずれにせよ政治的には使い勝手のよいものである。
 日本の知識人のなかには、以前から西洋的なものすべてに対して猜疑心を抱き、マックス・ウェーバーとその日本における紹介者たちを公然と論難してきたナショナリズム派の批判者たちがいる。彼らは西洋に抵抗する文化的広域論のシナリオを自分たちの目的のために利用している。しかし日本の社会科学者の大半はウェーバーの比較宗教社会学を視野に入れながら社会構造の冷静な分析でこれに対抗し、文化主義的な敵/味方図式でものを考える右派のイデオローグたちよりも説得力のある結論にたどり着いた。(p.270-272)


「社会科学における文化主義的なトレンド転換」が90年代頃にあったという見方は興味深い。確かに、それ以前のパラダイムから見ても、粗雑な「文化」論によって社会現象を説明しようとする傾向が強まったことは否定できないように思われる。

「文化」が社会を一つにまとめる「最後の絆」であるとすれば、それは内と外を分けるものでもあるため、「敵/味方図式」へと繋がることとなる。こうした見方は「国家の権威を正当化するのに役立つ」ため、「政治的に使い勝手のよい」ものであるため、(特に右派の)政治的リーダーたちやそのブレインとなる右派のイデオローグたちによって喧伝される「文化」が冷戦時代のイデオロギーと同じような役割を果たしていくことになる、ということだろう。



だが、ウェーバーのカリスマ概念がその矛先を向けたのは、ウェーバーの時代に跳梁した予言者たちや真正カリスマの担い手たちに由来する危険に対してではなく、一見不可避に見える官僚制的合理化に対してであった。(p.273-274)


なるほど。もしそうであれば、官僚制に対する対抗手段としてのリーダー待望論にはつながりやすいが、カリスマ的支配によるリーダーの暴走への警戒というモメントは少ないということになりそうだ。注意して読み直してみたい観点。



 マックス・ウェーバーの著作のなかに同時代との関連を見つけ出す作業のなかで、群を抜いて注目を集めてきた思想家はフリードリヒ・ニーチェだった。……(中略)……。しかし日本においても近年では、ニーチェの影響についてやや行きすぎた主張がなされる傾向がある。……(中略)……。しかし、それにもかかわらず、山之内靖をはじめとする研究者の最近の研究は従来のウェーバー像への重大な挑戦だったことに変わりはない。かつてのウェーバー像は、終戦後、一方ではマルクスおよびマルクス主義者たちの著作との、他方ではアメリカ由来の近代化理論との二正面対決のなかでその輪郭を作り上げてきた。それがここ10年ほどのあいだに、マックス・ウェーバーの著作へのニーチェの影響を探り出すことが、あたらしい解釈の重要な潮流となっている。
 ……(中略)……。マックス・ウェーバーの著作の精神史的基盤を模索するなかでニーチェがこれほど遅れて顧慮されるようになった一因は、ウェーバーの死後数十年間、大きな著作研究が経済学者と社会学者によってなされたというところにあるだろう。……(中略)……。
 ……(中略)……。その際、山之内が選んだのは、もはやマックス・ウェーバーの社会学の助けを借りて近代を政治的ないし社会的ユートピアとしてモデル化する方向ではなく、むしろ20世紀における近代の危機を診断するという方向だった。(p.274-275)


戦後の日本のウェーバー像がマルクス主義と近代化論との二正面対決のなかで形成されてきたとする指摘は、簡潔でありながら的を射ている。90年代頃からニーチェの影響が重視されるようになるが、従来の近代主義的なウェーバー像から「近代の危機」を診断するいわばポストモダン的なウェーバー像が提示されている。私見では最近ではこのポストモダン的なウェーバー解釈は十分な妥当性を持たないと評価すべきと思われるが、従来の解釈の固まった方向性のようなものからの解放という意味はあったのではないか、という気がしている。



多くのウェーバー研究者はナイーヴにも旧プロテスタント的職業倫理に自己同化してきた。それ自身が、じつはウェーバー研究者たちが普段批判している儒教的・封建的忠誠心の後続的帰結なのだ、と三島はいうのである。……(中略)……。こうした評価に立って、三島は進化論的ウェーバー解釈に対する「ニーチェ的批判」をさらに越え、知識社会学的水準で何人かの解釈者たちの「ウェーバー教」と「信仰告白的性格」を厳しく批判する。こうして三島は日本の学問的営為を支えてきた暗黙のルールを破ったのである。マックス・ウェーバーならばこうした論争をおそらく歓迎したことだろう。日本におけるウェーバー研究が外側からもたらされたこうした近年の挑戦に、はたして、またどのように冷静かつ知的に反応しうるかは、なお今後の課題である。(p.278)


三島憲一による批判は、本書を読む限りではウェーバー研究というより、ウェーバー研究者に対する批判でしかないが、これがどれほど生産的な議論になりうるかは疑問である。もっとも、研究スタンス自体を批判することにより、従前の研究での到達点の限界を示し、別の見方をする者の登場を促すということはありうる。

私がこの箇所(原著は1998年に出ている)を読んで想起したのは、羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの犯罪』(2002)によるウェーバー及びウェーバー研究に対する批判である。羽入による批判は全体としては妥当しないと思われるが、結局、「冷静かつ知的に反応しうるか」という観点から評価すると折原浩の反批判は(内容は概ね妥当と思うが)やや感情的と言わざるを得なかった。どちらの側もある意味ではウェーバーという人物及び作品のもつ魅力による重力圏の中にいるということであるように見受けられる。そういう意味ではウェーバーのテクストというのは、なかなか取り組みが難しいものであるのかもしれない、と思う。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/953-11f374da
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)