アヴェスターにはこう書いている?
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河添邦俊、河添幸江 『イラストでみる 乳幼児の一日の生活のしかた 生活リズムの確立』

 人間の子どもは、おとなになるためにおとなに向かっておとなの真似をしながら育っていきます。そのおとなの真似をすることを「習う」とか、「学ぶ」とか、「遊ぶ」といいます。……(中略)……。「継続は力」ともいわれていますが、おとなと生活を共にしながら、おとなの真似を毎日積み重ねていくことが、子どもの習慣形成の基本となるものなのです。(p.12)


大人自身の生活習慣が規則的で自然の理にかなったものであることが、子どもの生活習慣の確立にとっても重要。



子どもは、一緒に食べることで、正しい食事のマナーも、おとなの食事する姿から学び、身につけていくこともできるはずなのです。(p.57)


おとなと一緒に行動して、それを手本としてマナーを身につけていく、というのは、食事に限らず重要なのではないか。



人びとは、常に仲間と共に、“労働”(「労」は火で加工するという意味と、いま一つは残り火でかたづけをするという意味とがあったようです。「働」とは重荷を負い腕に力を込めている様子です)<=耕作し、収穫し、調理し、食べ、かたづけ、残った物を保存>してきました。この一貫した仕事のことを、「ままごと(まま=飯は、食の意味で、ごとは仕事の意味です。ままごと=飯事は、食に関する仕事のことです)」と呼んできたわけなのです。そこに食事にも、計画性と働くリズムを持ったのが、人間の進歩と賢さの中心的内容であったといえるでしょう。(p.69)


「ままごと」は「食に関する仕事」か。なるほど。私は、小さな頃、「ママ(母親)の真似事」のことかと思っていた(笑)。しかし、これでは性別の役割分担という点からも問題のある言葉になってしまうな。



 偏食は、多くの場合は父か母の偏食に似る上に、さらに育て方の甘さから輪をかけてくることがよくあります。食事には、マナーが必要なものです。それは仲間と共にすることが大切だからです。マナーの悪い食事は、一人でたのしくない食事をしている状態が多いことから来ている場合もあります。あるいは、家族との食事でマナーの悪いのは、家族がそろって悪かったり、放任や過保護的家族であったり、わがままを許し過ぎている状態が多いからのものです。そうした子どもは、偏食やむら食いも多くなりがちです。(p.71)


偏食とわがままを許し過ぎる育て方とは、確かに相関関係がありそうである。

一人で楽しくない食事をしている場合というのは、その食事の場には社会が存在していない。過度に放任的な育て方は、養育者が子に対してかかわりを持たないということでもあるから、そこにも社会的な接触は希薄である。過保護な家族関係では、子どもの自我が直接拡大したものが家族関係ということになるから、そこにも「他者」は存在せず、社会は存在しないと同然である。「仲間と共にする」食事は、社会的な行為であり、社会が存在しない場では育成できない。



 1歳半頃から2歳に向かう頃、1日1回の昼寝になって行きます。その際、午後の昼寝をなくして、午前中1回の昼寝に統一していく方が育ちのためにより良いように思われます。(p.110)


夜は早めに就寝し、しっかりまとめて寝ることができるからである。この点は、個人的には本書で最も参考になった点の一つ。


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