アヴェスターにはこう書いている?
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亜洲奈みづほ 『現代台湾を知るための60章【第2版】』

 台湾人は決して「戦争責任」や「植民地・侵略」などと糾弾はしない。実際にアジア太平洋戦争の戦後処理において、中正公こと蒋介石元総統はスターリンによる北海道進駐の主張に対し、次のような言葉を残している。
日本と戦った期間は、わが国が最も長いはずだ。その中華民国が日本国の占領政策に割り当てられた四国・九州進駐の権利をいま私がここに放棄する。
 GHQに対し、天皇をA級戦犯とさせないよう、とりはからったのも彼である。(p.23)


国際政治の情勢が背景にあったとはいえ、こうした蒋介石の外交に見られる道義性は、最近の国際政治ではほとんど見ることができなくなっているように思われる。

日中戦争から太平洋戦争にかけて、(アメリカでもロシアでもなく、中華人民共和国という当時は存在しなかった国ではなく、)中華民国が最も長い戦争の相手国であったという点は銘記すべきだろう。



 台湾の若者が好むのは、日本のサブカルチャーであり、あくまで消費の対象なのだ。台湾の高齢者が日本の精神を懐古する姿勢とは、一線を画している。
 いずれにせよ、1994年に日本の大衆文化が正式に開放され、音楽やドラマといった芸能ソフトの輸出入が自由化されたことで、以前より、ひそかな関心を集めていた日本という存在が、一部の愛好者の枠組みを越え、サブカルチャーの一類型として定着した。……(中略)……。東京、日本。これらは台湾の地で、一種のブランド化しているようだ。(p.25)


台湾の高齢者(日本時代に教育を受けた世代→現在急速に数が減っていると思われる)と台湾の若者は「親日的」とされるが、その内容は世代によって大きな相違がある点を手短ではあるが的確に指摘している。

台湾の若者が好む「日本」というのは、「日本のサブカルチャー」のことであり、これは「一種のブランド」であり「消費の対象」であるという点を踏まえておくことは重要。

ちなみに、「北海道」も一種のブランドとなっている点を追加しておきたい。



ちなみに台湾を自国の領土と主張する中華人民共和国は、台湾を統治した経験がない。台湾を統治したのは、同国とは歴史的断絶のある清朝である。逆に大陸を一時期、統治したのは中華民国(台湾)。ただしそれも国民党独裁時代を終え、「大陸込みの中華説」は過去のものとなっている。(p.30)


中華人民共和国が台湾を統治したことがない。清国、中華民国、中華人民共和国、この三者の領土の継受関係は法的にはどのようになっているのか興味があるところである。

清国の領土は基本的に中華民国が継承し、その大部分を中華人民共和国が武力闘争により奪ったが、台湾は日本から返還を受けた中華民国が領土として保持した、という関係であるように思われるが?



 そもそも台湾がアイデンティティー意識が希薄であるのに対して、韓国は「4500万人、総国粋主義」といっても過言でない。街なみからして、ソウルの通りはアジアで数少ない、日本車の占有率の低い場所である。かつては反日感情が強まるたびに日本製品不買運動が起こったものだ。そんな自意識の強弱は、統一問題のあらわれにもひそかな影響をおよぼしているだろうか。朝鮮半島の両国は、明らかな主体性を保ち、強烈な自己アピールをおこなっている。かちあいつつも、表向きは双方、統一を望んでいるのだが、経済面など実質的な協力が遅々として進まない。その点、台湾海峡では逆に、主体性の実体自体の把握からして、中・台の対話がすれちがっているものの、経済面では、なし崩し的に緊密な分業体制が営まれているのであった。
 また韓国と台湾は、前者が大財閥志向、後者が中小企業志向という差異もある。韓国の場合、財閥(現代グループ等)が金に物を言わせて、なかば援助ぎりぎり・利潤追求は二の次で、少しずつ北朝鮮に投資を始めているにすぎない。これに対して台湾は、中小企業が国際競争における生き残り策として、コストダウンのため、労働力の安価な中国大陸に進出したがっている――そんな事情の違いもある。(p.41-42)


本書ではしばしば韓国と台湾が比較される。ちょっと大ざっぱすぎるきらいはあるが、一般向けの分かりやすさ重視の本という性格からやむを得ないこととしておこう。ただ、大財閥志向と中小企業志向というのは経済の構造の相違として的確な対比である。

こうした相違がどのようにして生じてきたのか、その歴史的経緯をもう少し詳しく知りたいと思う。日本統治時代やその前まで遡って経過を概観してみたい。私の場合、台湾の経過は大よそ察しがつくが、韓国に関してはそれほど突っ込んだ知識がないので、知識の補強が必要である。



 台湾企業は製造コスト削減のため、1990年代以降、海外直接投資を活発化してきた。一方で産業の空洞化も懸念されているため、近年ではむしろ、国内で外国人労働者を合法的に雇用できるシステムのほうが、積極的に整備されている。
 求人企業はまず、「公的就業服務センター」に募集登録をおこない、台湾人からの応募がない場合にのみ、外国人労働者を雇用できることになっている。しかも外国人労働者への給与は、台湾の最低賃金を下回ってはいけないという規定があるため、外国人労働者が台湾人の雇用を奪う心配がない。(p.46)


日本にとっても参考になる点があるのではなかろうか。



じつは、最新の調査によれば、厳密には台湾人は「北方漢民族」と遺伝子的に異なり、「越族」に属するという。またDNA構造研究結果によれば、85パーセントの台湾人に先住民の血が混じっていることもわかった。純粋な漢民族では、ないのである(p.50)


中国大陸に住んでいる人々と台湾島に住んでいる人々は民族的・血統的に相違があるという点は押さえておいてよいと思われる。

ちなみに、日本人と同じような顔つきの人からマレー系というか太平洋の島々にいそうな顔つきの人まで、台湾にもいろいろな人がいるというのが、私自身の観察でもある。



軍隊の特徴として、「徴兵制」があげられたのだが、この兵役期間が、現行の2年から1年へと短縮され、かわりに志願兵の割合が増やされることとなった。さらには将来的に兵役義務自体がとりやめられ、2014年には完全に志願制へときりかえられることになっている。1995年以降に生まれた男子から適用されはじめ、彼らは4ヵ月間の基本軍事訓練を受けるのみとなる。(p.79)


徴兵されるとその後1年くらいは自由に出国できなくなるそうで、おかげで兵役が終わって1年間は友人が日本に遊びに来ることもできなかったということがあった。



 国際化の問題については、すでに大陸中国とアセアン6ヵ国との間に、自由貿易圏が発生した点を見逃せない。台湾もアセアン諸国と直接に自由貿易協定を結びたいところだが、政治的に、ままならない。そこでECFAを踏み台として、この新自由貿易圏に参入しようというわけだ。(p.118)


ECFAとは「両岸経済協力枠組み協議」であり、大陸と台湾の事実上の二国間自由貿易協定のこと。中国南部についての少し古い本の中でもこのASEAN諸国と中国との自由貿易協定については触れられていたが、台湾もここに乗ってくるとなると、どのような影響をもたらすことになるのかより一層気になるところである。



筆者が世界10ヵ国をめぐったなかで、最も白米が美味であったのは、台湾であった。この地の米はもともと長い粒状のインディカ米であったが、日本統治時代に、在来の稲と日本の稲が交配、品種改良がなされ、「蓬莱米」なるものが開発された。
 そんな台湾の米が危機を迎えている。(p.120)


日本統治時代以前の米はインディカ米だったのか。

なお、引用文以下ではWTOとECFAといった自由貿易によって危機にさらされていることが述べられている。日本もTPPで様々な分野でこうしたことが起る可能性がある。



 かつて20世紀初頭には、台湾の一面に田畑が広がり、台北には15もの巨大な穀倉がひかえていた。今となっては、往年の姿を残すのは、台北北部の北投穀倉くらいだろうか。これが稲作大国の生き証人として、台北市政府文化局によって古跡扱いを受けることとなってしまった。そのような時代なのだ。(p.123)


北投穀倉は機会を設けて訪問してみたい。



なぜ、今、華流なのか

 源流は1990年代の香港にさかのぼる。1997年に大陸に返還されるまでは、香港の芸能界は、海外市場を意識した外向的なものであり、日本にも少なからぬファンを増やした。ところが返還以後、市場を新たなる国内となった大陸中国に移し、海外志向を弱めてゆく。そこに台湾が台頭する余地ができたのだ。


なるほど。



 この彩絵、じつは建物の美術的な装飾というだけでなく、木材を保護するという実用的な機能も兼ねそなえているという。顔料の原料は漆や鉱物に植物、石灰など。これらが木の表面を風雨から保護し、白アリなどのの害も防ぐ。ペンキと違ってはがれにくいため、保存効果を持っているのだ。(p.256)


台湾の寺院の派手な色彩は、単なる装飾というだけではく木材保護の機能もあったとは。白アリの害というのは、台湾の建築史を考える際には結構重要なポイントだったりもする。寺院が木造でも残っているのは、彩絵のおかげという面があるのかもしれない。



 ナチュラル・カジュアル・リラックス、この3点に要約される台北の都市文化は、20世紀的な前衛の視点からは、刺激に少々ものたりないかもしれない。しかし爛熟しきっていない、行きづまらない、息づまらない文化のなかでは、表現者も鑑賞者もまた、ありのままであることを十分にゆるされるのではないだろうか。(p.272)


ナチュラル・カジュアル・リラックスという台北の都市文化の特徴とされている点は、台北に限らず台湾という地の雰囲気を的確に表現していると思う。



我々は台湾の温泉文化を「しょせん元祖は、うちでしょう」と笑える立場にない。
 渡った先でたしかに育まれるもの、積みあげられてゆくものがあるはずなのだ。ゆるやかなグラデーションを描きながら、進化するものもあるだろう。台湾の温泉もまたその一例であるのかもしれない。(p.276)


渡った先で育まれ、積みあげられるものがある、というのは、日本の人々が台湾を見る際には特に重要というか注意すべきだろう。


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