アヴェスターにはこう書いている?
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マックス・ウェーバー 『社会学の基礎概念』(阿閉吉男、内藤莞爾 訳、恒星社厚生閣)

 社会的行為のうちには、事実上の規則正しさが観察される。すなわち、類型的に同様に思念された意味において同じ行為者のところでくり返され、または(ときとしては、同時に)多数の行為者たちに広がった行為の経過が観察される。社会学は行為の経過のこの諸類型を取り扱うが、これに反して歴史学は重要な、すなわち運命的な個別連関の因果的帰属を行なう。(p.43)


『理解社会学のカテゴリー』に対して、この論文は改訂稿と位置づけることができるが、『カテゴリー』ではこうした方法論一般に関してまでは議論を拡げていなかったのに対し、この改訂稿では、かつて『客観性』論文などで展開された方法論までをまとめて議論している点も相違点の一つであると思う。

ここで述べられているような社会学が「諸類型」を扱うとする点を明示している点は、改訂稿では『カテゴリー』よりも行為の動機の4つの理念型(目的合理的、価値合理的、感情的、伝統的)を尺度として統一的に議論を運んでいることと並行しているように思われ、興味を惹かれた。

また、二つの論文を改めて読み比べてみて気づいたのは、改訂稿では諸概念の定義に際して「シャンス」(この訳書では「チャンス」)が多用されているように思われたことである。具体的に個々の定義に立ち入って細かく比較していないのでまだ何とも言えないが、この点は改訂稿で「諒解」の概念が消えたことと深くかかわる問題であるように思われる。もう少し腰を据えて本を読めるようになったら、2つの論文を詳しく比較して読み比べてみたいと思う。(できることなら、『経済と社会』のテクスト全体とも読み合わせながら。)




 すべての関与者の個人的な、自由な協定によって成立しない秩序は、この術語の意味で強制されている。したがって、少数者が服従する「多数決」もまた、そうである。(p.78)


現在のように「われわれ」を「代表」する代議士たちが国会にいないと感じられる状況においては、多数決も強制であるというこの指摘は強い実感を持って感じられる。

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