アヴェスターにはこう書いている?
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佐藤宏 『「たくぎん」が死んだ日 その星霜百年の物語』

 当時、北海道拓殖銀行の樺太内支店は11カ店だった。
 資産規模は、預金が同行全体の15%強、貸出は10%弱、行員の数において228人に上り、同7%強にあたっていた。
 樺太地方の母店的機能をもった豊原支店の預金規模は、本店営業部に次ぎ、太泊支店も同行の十指に数えられる規模だった。このように大きなウェートを占め、大事な役割を果たしていた樺太店舗網を、敗戦とともに一気に失ったことは、同行にとっていかにも大きな損失であった。(p.38)


戦前から戦後間もなくのあたりまでの北海道の経済や社会を考えるにあたって、樺太との関係はやはり欠くことのできない要素であるように思われる。しかし、そのことについて書いている文献はあまり多くないのが残念である。



 当時の樺太は、日本にとって資源の国だった。石炭と木材。これがパルプ、製紙の原料となり「王子製紙」という国策会社等が繁盛し、銀行を必要とする条件だった。(p.51)


なるほど。



 『ジョン万次郎漂流記』は、井伏鱒二で広く知られるが、土佐人・中浜万次郎の実録をひもとくと意外な事実にぶつかる。それは、日本の開国を促したのは実は安政元年ペリー来航などではなく、鯨と、捕鯨船の船乗りたちであるということである。
 西海道や四国沖の太平洋岸は、早い時期からオランダ、イギリス、アメリカの捕鯨船が出没し、水や薪や食物を求めていた。彼らの一時情報が母国政府を動かしたのだった。
 ……(中略)……。
 とかく東京人の多くは、「東京」という位置からのみ物事を見て、理解しようとする困った癖がある。錯覚あるいは思い上がりがある。わが国の近世史において、鹿児島や南西諸島の一帯は、日本の端っこどころか、玄関口であったのではあるまいか。(p.130-131)


捕鯨と開国との関係は別の本でも読んだことがあるが、こうした動きが開国に繋がったという面は確かにあるが、それはペリー来航が開国を促したことを否定するものではないだろう。その点だけは本書の書き方は不適切であるように思われる。目新しい認識を強調するために正確さを犠牲にしてしまっている。

「東京人」による歴史や社会に対する認識のバイアスについては、ひとつ前のエントリーで私も軽く触れたが、著者が言わんとすることはよく理解できる。

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