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アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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立岩真也 『希望について』(その1)
「停滞する資本主義のために――の準備(抄)」より

一方で、高齢社会、少子社会の到来が言われ、それとともに、労働力の不足が言われ、社会の「活力」の低下が言われる。これが言われるのと同時に、失業率が増えていること、これからも増えるだろうと言われる。一方に仕事につけない人、首を切られる人がおり、他方にあいかわらずたくさん働いている人たちがいる。一方で少子化を憂い人間の数を増やさなければならないと言われ、他方で余剰労働力を吸収するために新たな雇用の創出が主張される。これをどのように理解すればよいのか。本当は労働力は余っているのか、それとも不足しているのか。両方の話が平然と並んでいることをもっと不思議がってよい。(p.36)



立岩真也の理論や批判は、非常に鋭く、根源的なものが多く、啓発されることも多いのだが、この箇所については詰めが甘い。

高齢化や少子化が危機であるとされ、「活力の低下」が言われるのは、10年から30年ほど先にやってきて、その後それなりの期間にわたって続くであろう状態を想像して問題視されていると私は考える。

ただ、高齢化が医療保険や福祉の面で財政を圧迫するとされ、その意味で危機だと言われる場合には(こちらの方が「活力の低下」というイメージと関連して語られるよりも多いと思われる)、確かに現在から少なくとも数十年後の未来に至るまでの期間の問題として言われているのだが、労働力との関連で言われる場合には、どちらかというと将来への懸念が優位であろう。(もちろん、「2007年問題」などと言われたりもするが、最近は60歳で仕事をやめない人がかなりいるし、一年だけに団塊の世代が集中しているわけでもないから、それほど急激な危機は来ないだろう。企業が退職金さえなんとか工面できれば。)

これに対して、失業は今現在の問題であり、また、近未来(1~5年程度先?)にも、それが打開されるかどうか見通しがないということが心配されている。

だとすれば、これらが労働力の問題として語られる限りでは並存してもおかしくはないだろう。

ただ、立岩の論が「正しい」のは、これらいずれの話も「扇動」する言説であるということを感じ取った上で、問題視していると思われる点である。その意味では彼の直観や認識は間違っていない、と私は考える。



「正しい制度とは、どのような制度か?」より

権力の作用と同時に抵抗はある。権力を記述することは抵抗を記述することである。・・・(中略)・・・
 予め敵と味方の陣地を措定するのでなく、何と何が拮抗しているのか、あるいは何に抗するものがあるのかを知ればよい。(p.48)



この見方は参考になる。権力や抵抗の主体を予め設定するのではなく、それを抜きにして、力の相互作用のあり方を見て取ればよい、という意味に取れる。



「終わった選挙のこと」より

 経済について。自由競争を正義とする感覚がある。それで既得権益を排せと言う。他方、競争を宿命として受け入れながら、それだけではやっていけないので、議員に頼んで、お金を地方に持ってこようとする。二つは辻褄が合っていないが、同じ党に、「改革」を言う党首がおり、公共事業に口がきけると思われている議員がいて、それで同じ党に票が入る。
 私自身はこうした流れのすべてに賛成しないのだが、しかし、悪賢い人たちが人々を扇動して社会を望ましくない方向にもっていこうとしているとは考えない。以上に簡単に記したそれなりにもっともな理由があって、この状態が続いてきた。(p.81)



この文章は2004年の参議院選挙の後に書かれたものである。

自民党の矛盾する側面が、逆に両方の支持をとりつけ、票に繋がったと見ている。概ね妥当なところがあっただろう。自民党員や旧来の自民党支持層は旧来保守の政治家がいたために離れず、同時に、主に都市部の無党派層の支持を「構造改革」を叫ぶ党首がいることでとりつけた。

しかし、この矛盾は諸刃の剣でもある。相互の支持層が逆の面を気にし始めると、票が一気に遠のくことがありうる。旧来保守層がネオリベ的な「構造改革」を毛嫌いし、無党派層が「古い自民党」を毛嫌いしたときがそれである。

首相が安部に変わってから、次第にこの方向へのシフトが感じられる。これからどのようになっていくか、よく見ていく必要がある。

上記の引用文でもうひとつ興味深いのは、陰謀論的な見方を批判している点である。特定の主体がマスメディアをコントロールして扇動している、とされることには反対しているわけだ。

私はこうした言論の統制がないとは思わないし、扇動がないとも思わない。それは「やらせ」タウンミーティングの問題などに象徴的に表れている。しかし、それだけに帰属させるのは誤りであり、立岩真也や香山リカ(『テレビの罠』)が言うように、さまざまな要素が絡み合いながら、システムの作動が好ましくない方向に向かってしまっている、と捉える方が妥当ではないかと思っている。

陰謀論には単純明快で分かりやすいので受け入れられやすさがあるが、いくつもの欠点をかかえている。過度の単純化により事実の把握が蔑ろにされること、悪者探し・犯人探しで終わってしまい、問題解決に繋がらないことがあることなど。

それでも扇動や情報操作などはあるだろうし、それらはある程度、「効果的」であるのも事実だと思っている。



「終わった選挙のこと」より

 地域間の格差を公共事業でなんとかしようというのがこれまでのやり方だった。それに現実性があったから、それしか方法がなかったから、政権党が支持されてきたと述べた。しかしそれが有効に機能していないことはもう皆が知っている。
 そこで使わない物は作らず、お金は人に渡す。人が暮らすための人の活動に使うようにする。すると中間の無駄はなくなる。民間の力が発揮される。国際援助も同じように考えたらよい。政府のお金で人を雇い派遣するより、同じお金をその国の政府でなく人に渡し、その人たち自身に使ってもらって、自分たちで立て直してもらったらよい。(p.82-83)



前半には私は異論が幾つかあるが、それは措こう。問題は太字にした国際援助、「国際貢献」のあり方についての見解である。状況によるが、これは基本的に良いアイディアだと思う。

特にイラク戦争開戦時のイラクについては、この方式の方が、「イラクの人道復興支援」という目的のためには、自衛隊の派兵よりも遥かに良かっただろう。実際、イラクの人々もそうした経済的な支援を求めていたという。まだ、あの頃は…。

なお、日本政府では湾岸戦争がトラウマとなっているとよく言われる。金だけ出して人を出さないと批判された。そして、「だから、人を出せるように憲法を変えろ」という人がいる。しかし、15年も16年も前と同じことが今も当てはまるとは限らない、ということをそれに対しては言いうるだろう。
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