アヴェスターにはこう書いている?
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長沼孝、越田賢一郎、榎森進、田端宏、池田貴夫、三浦泰之 『新版 北海道の歴史 上 古代・中世・近世編』(その1)

なお、現代の北海道に生息しているナキウサギやヒグマは、マンモスゾウ同様に大陸からやってきた動物で、現在でも本州方面には分布していない。(p.44)


北海道がかつてサハリンを通じて大陸と陸続きであったことを示すもの。

現在でも北海道観光のお土産で「熊出没注意」などと書かれた商品があることが、これも旧石器時代からの歴史的関係がそこに現れていると考えるとなかなか感慨深いものがあるかも知れない。



渡島半島を中心とした道南は常に東北地方と密接な関係を保持し、逆に大陸との接点となっていた道北・道東では独自の文化伝統を保持するとともに、大陸文化の影響が考えられる遺物もみられる。道南と道東・道北の二つの文化圏の境界は道央の石狩低地帯付近で、時には両者が混在し、また時には片方が優勢という状況がみられる。この二つの文化圏の成立する要因は、単に地理的環境だけではなく、道南は東北地方と同様なブナやミズナラを中心とした落葉広葉樹林帯に属し、道東・道北は亜寒帯針葉樹を交えた針広混交林帯に属しているという気候環境の違いが大きく、それぞれの環境下における食糧となる動植物資源の相違も反映し、それぞれの自然環境に適応した生活文化を形成していたことがわかる。(p.57-58)


これは縄文時代に関する部分での記述だが、その後の歴史的展開も、ブローデル的な長期持続の観点から見ると同様の構造が近現代にまで続いていることが見て取れると思う。

渡島半島-本州(東北地方)、サハリン付近-大陸、千島列島-カムチャッカ方面という3つのルートが、島の外部との繋がりをもたらしてきたと見てよいだろう。



 七世紀には東アジアで大きな変動が起きた。中国で南北朝の分裂状態を統一した隋(581~618)とそれを継いだ唐(618~907)が覇を唱え、周辺各地に軍を送った。朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の三国時代が続いていたが、唐の遠征によって百済、高句麗が滅び、新羅の統一時代を迎えた。このような東アジア情勢に対し、畿内を中心とする倭国は危機感をいだき、国内体制の整備と対外政策の強化が図られた。七世紀中ごろの「大化改新」と呼ばれる政治改革もそのなかの一つであり、天皇を中心とし中国の律令制を取り入れた政治・軍事態勢、仏教を軸とした宗教統制、漢字の公用語としての採用など国家体制の強化が目指された。対外的には、百済を援助して唐・新羅と一時敵対関係となるが、遣唐使の派遣により唐への朝貢体制を保つことになった。八世紀初頭には大宝律令が制定され、「日本国」の成立をみることになる。
 この動きのなかで、大化改新以降、倭国の東北にある蝦夷(えみし)の経営が図られていく。『日本書紀』斉明天皇4~6(658~660)年に行われた阿倍比羅夫の北航も、北の情勢を把握するためととらえることができよう。七世紀中ごろから八世紀にかけて、現在の宮城県・秋田県・新潟県付近に倭国・日本国の前進基地として城柵が築かれ、郡が置かれた。また、福島県相馬市やいわき市では七世紀の大規模な鉄生産遺構群が見つかっており、倭国の北進を支える役割を果たした。八世紀になると太平洋側の陸奥国に多賀城(724年)、日本海側に秋田城(733年)が設置され、蝦夷経営の中心となっていった。
 これに呼応するかのように、東北北部でも七世紀の土師器が出土する集落が北上川中流域や八戸などで出現し、八世紀にかけて増加する。壁面にかまどをもつ竪穴住居により構成された集落が築かれるとともに、末期古墳が造成され、律令国家との関係によってもたらされた刀剣類、馬具、銙帯金具、和同開珎、玉類、須恵器などが副葬された。東北北部では、古墳時代後期(五世紀~六世紀)並行期には、弥生時代の伝統をひく竪穴住居跡は見つかっておらず、かまどを持つ竪穴住居は古墳とともに「倭国」から持ち込まれた、新たな文化要素であった。
 北海道においても八世紀には道南から道央にかけて、壁面にかまどをもつ竪穴住居により構成された集落が出現する。擦文前期の土器は、土師器の影響を受けて北大Ⅲ式土器までみられた文様がなくなり、口縁部や頸部に沈線をめぐらすだけになる。器形は、口縁部と胴部の境が明瞭で、口縁部が開く形態になる。また、土師器とともに須恵器が本州からもたらされ、九世紀前後には坏とともに大型の甕や壺が出土している。
 特筆すべきは、七世紀中ごろから豊富な鉄製品を副葬する土抗墓が道央に出現し、八世紀には末期古墳の系譜ととらえることのできる「北海道式古墳」が石狩低地帯に築かれたことである。(p.115-117)


長い引用になったが、隋唐帝国の成立による七世紀の東アジアの大変動は日本でも権力機構や交易体制の変化をもたらし、このことが東北地方を経由して北海道にまで影響が及んだわけである。こうして(それまでは続縄文時代として区分されている)北海道では擦文文化がこの大変動にともなって成立したということであろう。

こうした大きな流れの中で把握すると、個々の考古学的な事実や阿倍比羅夫のエピソードのようなものもより興味深く見えてくる。



 擦文土器の終焉は、北海道で一万年以上も続いた土器作りが行なわれなくなったことを意味するので、それを指標としてアイヌ文化期と区分している。(p.140)


なるほど。なお、本書ではアイヌ文化期は13世紀頃から江戸時代まで存続していたとされている。本州では鎌倉幕府から江戸幕府までの武家による政権が成立していた時代である。

ちなみに、擦文文化は七世紀の途中から12世紀末頃までと考えられており、飛鳥奈良時代から平安時代という「貴族の時代」と並行している。これらの変動にも東アジアや世界の秩序との関連が見えるようで興味深い。



 このように、サハリンに進出したアイヌは、1264(文永元)年から1307(徳治2)年に至るまでの44年間もモンゴル・元朝と戦い続けたのである。では、北海道のアイヌは、なぜ13世紀前期~半ば以降、サハリンに進出していったのであろうか。結論を先に言えば、『経世大典』「序禄」の記事に「骨嵬(グウェイ)」(アイヌ)が「打鷹人」(鷹を捕る人)を捕虜にしようとしているとの情報をギリヤークが元軍に伝えたとあることが端的に示しているように、サハリンとアムール川最下流域の奴兒干(ヌルガン)地域が「海東青」(鷹)の名産地であったこと(『元史』地理志)に加え、サハリンが鷲やテン・アザラシ・オットセイ等の鳥類・陸獣類・海獣類とアイヌの食料として重要な位置を占める鮭が多く捕れる地域であったこと等からして、この時期に日本社会側がアイヌ社会に求めた鷲羽・鷹・テン皮・アザラシ皮・オットセイ・干鮭等の捕獲・生産を目指して進出していったものと推察される。ところが、これらの諸産物の多くは、ギリヤークにとっても彼らの生活を支えるための重要な産物であった。そのため、サハリンに進出したアイヌとギリヤークとの間に産物の捕獲をめぐってトラブルが生じるに至ったのである。ところが、当時のギリヤークは、すでにモンゴル帝国の支配下に編入されていた。そのためギリヤークは、自己の生産・生活領域に侵入してくるアイヌを排除するため、彼らの支配者であるモンゴル帝国に「骨嵬」の征討を要請したのであった。それを大きな契機として、モンゴル・元朝は、1264(文永元)年移行、「骨嵬」征討を開始し、以後元朝による「骨嵬」征討は、事実上1307(徳治2)年まで続いたのである。(p.171-172)


アイヌがモンゴル帝国と戦っていたとは知らなかったので、この辺りを読んだときは少し驚いた。

和人側では鎌倉幕府が成立し、津軽安藤氏を介して「夷島」への進出が行なわれていたため、アイヌ側は交易の拡大などのためサハリンに活動領域を広げた。その結果、モンゴル帝国の支配下にあったギリヤークとの対立を生じた、ということのようである。

歴史のダイナミズムを読み解くのはやはり面白い。



 こうして蠣崎氏は、コシャマインの戦いと、その鎮圧を大きな契機とする他の館主層に対する政治的優位性の確保、上ノ国の勝山館から松前の大館への移転と夷島における「檜山」の下国安藤氏の「代官」たる地位の確保、そして、この「夷狄の商舶往還の法度」による「初期和人地」の創出と城下交易体制の確立などの諸段階を経て、夷島における唯一の現地支配者たる地位を確固たるものにしていった。そして、この蠣崎氏の夷島における支配権の確立が近世の松前藩を誕生させる大きな母体となったのである。しかし、この過程は、アイヌ民族の側からみれば、自己の生産と生活の場の一部が奪われ、日本社会との自由な交易を制限されていった過程でもあった。(p.225)


コシャマインの戦いによって、多くの館主が勢力を失ったため、他の館主より西側にいたため被害の小さかった蠣崎氏が唯一の現地支配者となり得たようなのだが、単に個人や集団の力量だけに帰属させられない様々な要因の絡み合いによって力の配置が変わっていくプロセスに興味を惹かれる。



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