アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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サリー・ウォード 『0~4歳 わが子の発達に合わせた 1日30分間 「語りかけ」育児』

少し解説めいたことを言いますと、最近の赤ちゃん研究は、子どもには、<自分の感情表出や声がきっかけになって、相手がそれにていねいに反応してくれる>という経験がたくさん必要であるということを明らかにしています。子どもが幼ければ幼いほどそうです。また、人だけでなくものの世界に対した場合もそうです。大人やものが子どもに応える環境になることが大事で、その逆はまずいというのです。……(中略)……。相手の指示が先にあって、それに自分が従わされるという関係のもとでの行為が増えると、子どもは、自分の存在が意味あるものと感じとることが難しくなるのです。(p.4)


だから、このベビートーク・プログラムでは赤ちゃんに言葉を発するように要求しないことが原則となっており、完全に話しかけに徹することが推奨されている、という。自己肯定観を育むには確かに理に適っているし、感覚的にも理解できる。

思想的には他者に強制をしないという点でリベラリズムの考え方と適合的であると言える。



 「教え込み」がこどもに与えるメッセージは、自分が何かを伝えようとしても受け入れてもらえない、ということです。(p.16)


何かを伝えようとする場合、子どもの興味・関心に沿って伝えていくことが重要であり、関心を持ってほしいものがある場合には、そのための環境を整えるなどして自然とその方向に誘うのが良いと思われる。



 聞くということは、聞きたい音だけに注意を集中させて、聞きたくない音は聞かないことを意味します。この能力は生まれたときから少しずつ発達して、完成までには長い時間がかかります。
 「聞く力」は、ほとんど注意を払われていませんが、一般に考えられているよりはるかに大切な分野です。ことばと知能の発達には欠かせないうえに、環境にとても左右されやすいのです。(p.27)


この点は本書を通じて繰り返し繰り返し主張される。子どもが注意力を発達させていく(注意力は知的能力と深く関係している)にあたっては、環境を整え、関わり方を適切に保つことがいかに重要であるか、参考になった。



 あるものや動きに注意を集中し続けるように、赤ちゃんに強制してはいけません。赤ちゃんの注意する力を育てるのに、強制ほどさまたげになるものはありません。……(中略)……。
 注意を向ける力が発達する初めの時期には、赤ちゃんが注意をそらしたあと無理に注意を戻そうとすれば、違うものに注意を移している赤ちゃんの集中力をだめにしてしまいます。(p.68-69)


これは3~6か月児とのかかわりについて述べているが、本書ではこのことは繰り返し説かれる。全く同感であるが、これを理解していない対応が大人にはいかに多いか、ということもこの点に注意を払って観察していると見えてくる。



 赤ちゃんが何に注意を向けているか、よく見てください。たとえば、赤ちゃんがお母さんを見たら、ふたりで遊び始めましょう。赤ちゃんが何か物を見たら、それを赤ちゃんに渡して、名前を言ってあげたり、ぴったりした音を付け加えてあげます。
 ……(中略)……。
 赤ちゃんの興味におとなが合わせていくこと。これが「語りかけ育児」全体を通しての大切な方法です。(p.76-77)


この点は非常に参考になるところ。何に注意を向けているか把握し、その興味に沿って対応していく。

自分が構いたい時にだけ(例えば自分はテレビを見ており、CMの間だけ)子どもの所にあやしに来て、自分がしたいように手足などを強制的に動かし、あやしたつもりになる、などということもよくありがちである。このような悪影響がある環境は、できるだけ避けてあげることが望ましいと思われる。



 もうおわかりと思いますが、「語りかけ育児」の大切な原則は、赤ちゃんを無理に集中させようとしないことです。必ず赤ちゃんに近づいて、顔の高さを同じにしましょう。赤ちゃんが手を伸ばせばすぐ届くところに、おもちゃやおもしろそうな物をたくさん置きましょう。赤ちゃんが自由に動き回れると、音と音源を結びつけるのがやさしくなるので、できるだけ部屋の中を赤ちゃんにとって危なくないようにしてください。
 ……(中略)……。さわってほしくない物を前もってできるだけ片づけておけば、あなたも赤ちゃんも気が楽というものです。(p.104-105)


この原則もリベラリズムの考え方と合致するので、私個人としては自然と受け入れやすい。

ただ、教養の低い層に属する人などは、こうした原則をそもそも身につけていない、それどころか知らない、ということがよくある。そうした人にこのような考え方を体得させようとすると、なかなか骨が折れる。貧困の再生産などの議論とこの問題は関わっている。



 音をまねて返してあげるのはとても役立ちます。……(中略)……。
 相手の言うことを聞くのは楽しいという大切なメッセージを、赤ちゃんは受け取っています。(p.107-108)


声を聞くのは楽しいというメッセージを与えることも、本書では繰り返し出てくる。声を聞くのが楽しいことは、話を聞くのが楽しいというところにも繋がりそうであるし、なるほどと思わされる。



テレビとビデオ
 まだ見せないでください。この大切な時期、赤ちゃんは学ぶことがたくさんあるのに、そのじゃまをするだけです。(p.121)


これは6~9か月児向けの所に記載されていることだが、テレビとビデオに関しても、本書は一貫してなるべく見せないようにするよう推奨している。開一夫『赤ちゃんの不思議』でも、日米の小児科学会が「二歳以下の子どもたちにテレビ映像を見せることは推奨できない」という提言を出していることが指摘されていたが、それとほぼ同様の内容となっている。(本書では1歳を過ぎたあたりから短時間見せることがあってもやむを得ないというようなスタンスのようだ。)



既製品の音の出るおもちゃ、特にコンピューター制御のものにはとてもかん高い音を出すものがあります。これは、赤ちゃんの耳にはよくありません。(p.149)


子育ての環境を整えるには、様々なことに注意しなければならない。子育てにおいては、善い環境を作るということが親の重要な役割であり使命である。



赤ちゃんにことばを言わせるために質問するのは、絶対やめてください。(p.154)


この指摘も本書では繰り返し出てくるが、質問することはある種の強制であるということはなかなか意識されないことであり、この点で誤った対応をする親は多いと思われる。その意味で非常に参考になる指摘である。



 これまでと同じように、赤ちゃんがおもしろいと思っているものについて話しましょう。質問や指示は絶対してはいけません。これは今なおいちばん大切なことで、「語りかけ育児」の原則のひとつです。質問は赤ちゃんにとって答えを探すという重荷になりますし、指示に従おうかどうしようかと悩まなければなりません。両方とも聞くことのじゃまになります。ことばを添えるだけにとどめておけば、赤ちゃんのやっていることをいちだんとおおしろくすることができるでしょう。(p.179-180)


1歳から1歳3か月まで。本書では同じことが何度も何度も繰り返される。これは実用書としてはなかなか効果的であると思う。また、一気に読み通す本というより、子どもの成長段階に合わせて読んでいくことを想定している本だということもこのような書き方になっている要因だろう。



 この時期、赤ちゃんの口からは、まるで魔法のような最初のことば(初語)が出てくるでしょう。だからといって、そのことばを「パパに言ってあげてごらん」「おばあちゃんに…」「おばさんに…」とやらせるのはやめてください。これは正常なコミュニケーションではありません。(p.188-189)


1歳から1歳3か月まで。

このような異常なことをやらせようとする者に心当たりがあるので、注意しておきたい。



 ただし、今後もずっと赤ちゃんペースというわけではありません。この時期を自分のペースで過ごせたこどもは、そのうちにおとなの指示にすばやく従えるようになります。(p.221)


赤ちゃんの全面的受容の時期から子どもの部分的受容の時期への移行があると私も考えているが、これに失敗した(気づくことすらできていなかった)事例を知っている。大きくなっても赤ちゃんと同じように扱われているため、自らを律することができない人間となり、大人からの指示があっても、いつまでもダラダラとした生活を続けるようになるというケースである。反面教師は人間関係上の距離が遠い場合には役立てることができるが、そうでないような身内に存在する場合は非常に大きな害悪をもたらすことになりそうである。



間違いを直しているように言っては、絶対にいけません。鉄則は「そうね」で始めることです。もし赤ちゃんが「ナナ」と言えば「そうね、バナナね。バナナがほしいの?」と言います。(p.229)


確かに、否定されて育った子どもは自己肯定観が育たない。



床と壁がおもちゃや絵で埋めつくされているのは刺激が強すぎて、こどもが集中できません。(p.258)


これは1歳8か月から2歳までの子供について書かれた部分ではあるが、学校に入った後にも全く同じように当てはまると思われる。



 いつも一緒に遊んでやれば、同じ経験を通して会話の内容が豊かになります。そういう会話はこどものことばを伸ばし、まわりの世界をわからせます。(p.299)


共通の経験や興味を持つことの大切さは、小さな時期以降にも効いてくるのではなかろうか。



おとなの都合で教え込もうとすればなかなか覚えてくれず、あなたにとってもこどもにとっても、いらいらの原因となるでしょう。
 私が診てきた中には、色や形の名前をたくさん言えたり、アルファベットを機械じかけの人形のように暗唱できるのに、それが何であり、どうするのかわかっていないこどもがたくさんいました。そういう子の親は自然な会話を抜きにして、ものの名前だけを教えこんだのです。(p.333)


これは2歳6か月から3歳までの子供についての記述だが、学校に入ってからも同じであると思われる。

例えば、私が知るケースで言えば、算数の計算式を見ればそこから正しく答えを出すことだけはできるが、文章を読んでそれを数式に直して計算するといったことができない(苦手な)子どもがいたが、これは数式の意味することを理解していないということであり、その原因は、計算の意味を教えることなく、単に答えを出して問題を終わらせることだけを(「終わらせる」と遊ぶことが許されたり、ご褒美がもらえるなどして)教えこまれたからであった。



お母さんが自分の目標を捨て、教え込むのではなくこどもの興味にそって話をしてやりはじめると、こどもはすっかりリラックスして学び始めました。(p.334)


親が自分の目標を子どもに押しつけることには弊害がある、ということ。そのためには、親が自分の目標を相対化することが望ましいだろう。



 「こどもには、たくさんことばをかけてあげよう」とはよく言われますが、実は、こどもの状態をじょうずに読み取ることこそ最初にすべきことである、という貴重な発見ももたらしてくれます。
 また、注意集中が育つための静かな環境の必要性、こどもの興味におとなが合わせていくことの大切さ、テレビやビデオ以前に身体を使って実際の人間と触れ合うことが大切である、といったサリーさんのSTとしての主張には、日本の私たちも、しっかり耳を傾ける必要があります。
 
じょうずにこどもに合わせてゆく具体的な方法を学びましょう。
 本文にくりかえし出てきますが、こどもは自分から育つ力を持っています。まわりのおとなにできるのは、その力が最大限まで伸びるように手助けすることです。
 そのためには、赤ちゃんのころから、視線の方向や声の出し方など、こどもの行動を注意深く観察し、その行動の底にある意味(興味や気持ちのありよう)を読み取り、こどもの気持ちに沿った対応をしてゆくことが大事です。(p.408-409)


本書の主要な主張を簡潔にまとめると、このようになると思われる。



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