アヴェスターにはこう書いている?
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小熊英二 『社会を変えるには』(その5)

 武士も町人も農民も、江戸時代の日本にはいたのですから、好みの材料を拾ってきて「歴史」を創るのは簡単です。江戸時代には町人の花だった桜が「武士道の象徴」にされたり、江戸湾岸の町人の地域料理だった寿司が「伝統的な日本食」になったり(冷蔵庫のない時代には内陸で寿司は食べていません)、めちゃくちゃな再編集もおこります。(p.384)


このあたりは「創られた伝統」という議論を知っている人にとっては既に周知のことではあるのだが、今なお一般には十分に理解されつくしていないトピックでもあるため、まだしばらくは言い続けていく必要があることでもあると思う。

このような「伝統」が創られていく歴史過程というのも、非常に面白いものなので、またいろいろなものを読んでみたいという思いはあるが、なかなか手が付けられないのが残念でもある。



 原理主義の弊害は、暴力と対話拒否です。対話に参加して自分が変化することができない人は、対話を拒否するか、その究極として暴力に走ります。
 ……(中略)……。
 相手はばかだ、というのも対話拒否の一種です。……(中略)……。再帰性が増大すればするほど、「ばかが多くなった」という人が増えてきます。
 政治で言えば、内輪に引きこもり、対話と公開を拒否します。
それでやっていけると思っているからというより、外の世界にかかわると面倒なので、引きこもったほうが楽だからです。内輪で決めたことを、力で押しつけるという形で、暴力も発生します。暴力が批判されると、今度はお金を配ります。(p.394-396)


安倍晋三の政治運営の手法は、まさにここに指摘されている通りのものである。

内輪で決めたことを力で押しつけるというやり方は、自分とそのシンパが主張する金融政策を実行するために、日銀の総裁を自分の思う通りに動く人間に変えようとしたときにも見たところである。日銀法の改正などをちらつかせて半ば強制的に日銀の金融政策を自らの支配下に置いたわけである。そもそも、第一次内閣の際にも、「お友達内閣」と揶揄されていたが、それは自分のシンパだけで周囲を固め、その内輪の意見だけを握った権力によって実現しようとしていたために起きた批判であったことは忘れてはならないだろう。そして、その結果として既に教育基本法は国家主義的な色彩が以前より濃いものに変えられてしまったのである。2012年に発足した第二次内閣においても安倍と同じ議連に所属する者を重用しているとされており、実質的には「お友達内閣」である点には変わりはないと思われる。

また、安倍が年来主張している憲法改正についても、必ずしも世論の支持を得ているわけではないが、それを力づくで実現するために憲法96条を変えて憲法を変えるためのハードルを下げようとしている。国民的な議論の結果として自分の意見が変わることがあっても共に創っていこうというのではなく、自分の内輪の意見を力づくで押しつける事を可能にし、かつその際の正当性を制度的に担保しようという魂胆であることは彼の年来の主張やこれまでの政治運営のやり方を見ていれば明白であると思われる。(憲法に関しては、アメリカ側からの懸念が示されたことによって安倍・政府・与党いずれもトーンが下がったことは銘記しておきたい。護憲派はアメリカと太いパイプを持つべきではないか?などともふと思ったりしたが、どうであろうか。)

2012年末の選挙の際には、自民党は確かに経済界から広く意見を聞いた。この点では一見すると人びとの聞く耳を持つかのように見えないこともない。しかし、それは引用文で言えばこうなる。すなわち、第一次内閣で「暴力が批判され」たので、「今度はお金を配ります」ということだ。そして、参院選前に大量の財政支出が現に行なわれている。これはその後の超緊縮財政の前の打ち上げ花火にすぎない。このことは選挙の前にはっきり書いておきたいと思う。このような安倍晋三の人気取りのために公的な資金を私物化されてしまうことに憤りを禁じ得ない



 再帰性が増大した社会の問題も、内在的に対処するしかない。具体的には、対話(問答法、弁証法)の促進です。もう「村」とか「労働者」とかいった従来の「われわれ」に、そのままのかたちで頼ることはできない。ならば対話を通しておたがいが変化し、新しい「われわれ」を作るしかないのです。(p.397)


このあたりのこと(新しい「われわれ」をつくること)は本書の最も重要なポイントなのだが、非常に参考になった点である。



 理想的には、患者が自分で予防や治療をする力をつけるまでエンパワーメントするのが、医者の役割となります。「教師の役割は、教師を必要としない人間を作ることだ」という言葉がありますが、それと似ています。(p.412)


親の役割というのも同じだろうな。



 現代日本で、「強いリーダー」を求める有権者に関連性がある志向は、「調整型」政治への嫌悪、公務員不信と政治不信、愛国心教育などだそうです。話合いによる調整より強いリーダー、という志向があるのは、従来の「調整型」政治が対話でも何でもなく、一部の利害関係者に根回しで「調整」したことを、それ以外の人間に押しつける、というだけのものだったからです。それを変えていかないと、政治不信とポピュリズムの悪循環を止められません。(p.417)


全くその通りだと思える指摘。

調整型の政治に「内輪での調整を押し付けるだけ」という従来のイメージしか持つことができない人にとっては、調整ということがいかに重要なのかを説いたとしてもなかなか支持は広がらない面があると思われる。きちんと人びとと対話をし、議論に多くの人が参加したという実感を持てる形で決定が下される、という調整型の政治が現れることが望まれる。政治の決定過程についての新しいモデルが提示され、それを多くの人がイメージできるようにすることができれば大きな転換になるように思う。



 たとえば、いまの日本では、「格差」という言葉がはやっています。しかし不思議なことに、年収10億円の大金持ちにはそれほど反感がむかわず、年収700万円くらいの公務員や正社員ばかりが恨まれます。これは、2011年に金融エリート街の占拠が広い支持を集めた、アメリカの状況とは異なります。
 こういう違いは、どこからくるのでしょうか。まず大きな前提として、「格差」というのは、「自分はないがしろにされている」という意識の表現でもある、という点をふまえる必要があると私は思います。
 ……(中略)……現代日本における「格差」は、現金収入の不公平の問題だけではないようです。
 貨幣経済が浸透し、ポスト工業化社会へ移行し、再帰性が増大した社会では、「ないがしろにされている」「居場所がない」「代表されていない」という感覚が、あらゆる人びとにつのります。
 ……(中略)……。
 第1章で述べたように、いまの日本社会は、1960年代から80年代に築かれた、日本型工業化社会が機能不全になり、多くの弊害を出しながらも、まだその構造が残っています。そのため、ある「既存の枠」に入れば、安定が手に入り、政治的にも意見を代表してもらえる、という通念があるようです。大企業正社員志向は、大学生の就職活動では、かえって強くなっているほどです。
 その通念が支配的であれば、そこから漏れた人にとって、「枠」に入っている人は、恨みの対象になります。そうであれば、正社員、公務員、生活保護受給者など、何らかの「枠」で保護されている人が恨まれやすくなります。じっさいに「格差」への批判は、こうした層に集中しがちであるようです。
 その反面、「枠」に入っていないのに、「実力」で高い収入を得ている人は、必ずしもそういう恨みの対象にはなりません。その「実力」というのが、親の資産で高い教育や人脈を与えられた結果であってもです。だから、年収10億の金持ちよりも、生活保護受給者が憎い、という構図が生まれると考えられます。
 そうだとすれば、現代日本語の「格差」というのは、単に収入や財産の差のことだけではなくて、「自分がないがしろにされている」という感覚の、日本社会の構造に即した表現でもあるといえます。(p.434-438)

 
「格差」という語が「自分はないがしろにされている」という感覚の表現でもあるという指摘は非常に重要と思われる。「格差」というより、公務員や生活保護受給者に対してのバッシングの説明となっている。公共事業の受益者も然り。いずれも財政支出を通じて収入を得ていることが共通であり、そこには暗黙の前提として「払った以上のものをもらっていない」と感じている疎外感が反映しているのだろう。

再帰性が増大していることがその背景にあるという指摘は、この問題に取り組むに際して非常に示唆に富むと思われる。この問題には今後も取り組んでみたい。




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