アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

今野元 『マックス・ヴェーバーとポーランド問題 ヴィルヘルム期ドイツ・ナショナリズム研究序説』(その1)

 けれども、ヴェーバーの言動における「左のナショナリズム」を分析するためには、実は有名な彼の「世界政策」論よりも、寧ろこれまで比較的知られていなかった彼のポーランド論に注目する必要がある。というのも、彼の「世界政策」論は終生観念論に留まり、その具体的内容が明らかになることは遂になかったからである。彼の文章をどれほど丹念に読んでも、一体彼が世界のどこを植民地として要求していたのか、どのような目的のためにどれほどの戦艦を建造すべきだと考えていたのか、という点を解明することはできない。彼がドイツ・ナショナリズムの論客として最も情熱を燃やしたのは、イギリス(あるいは更にフランス)への対抗意識を内包する「世界政策」論よりも、寧ろロシアやポーランドへの反発を内在させたポーランド論であった。青年期から晩年まで、ドイツ・ナショナリズムとは彼にとってドイツ対西欧の問題というよりも、寧ろドイツ対東方の問題だったのである。換言すれば、彼の政治的言動の中で「進歩的な国内政策」を最も明瞭に同伴していたのは、実は「強力な海外膨張政策」(「自由帝国主義[Liberalimperialismus])ではなく、東方の諸民族への西への侵出に対する抵抗(いわば「自由排外主義[Liberalxenophobie])とでも言うべきもの)だったということである。(p.6)


ウェーバーのナショナリズム(ドイツの「左のナショナリズム」一般?)の特質を考える上で非常に示唆的な指摘。



ポーランド論はヴェーバーが生涯情熱的に取り組んだ争点項目の一つであり、その展開を概略的にすら把握せずに構築したヴェーバーの「全体像」とは、即ち砂上の楼閣に他ならないからである。
 飽くまでヴェーバーのポーランド論に特化するという本論の方針は、あるいは問題設定が狭すぎるような印象を与えるのかもしれないが、これは従来のヴェーバー研究の実情に照らせばそれほど異常なものではない。「マックス・ヴェーバー研究」、「マックス・ヴェーバー入門」、「マックス・ヴェーバーの問題提起」を標榜する著作を発表し、ヴェーバーという人物の「本質」を描写する意志を示していても、個々の研究者が実際に考察している範囲は大抵の場合広大なヴェーバーの思索のごく一部に過ぎなかった。(p.15)


ウェーバーの「全体像」という件は、10年ほど前に勃発した(?)いわゆる羽入-折原論争が想起された。本書が出版される前年に羽入辰郎の『マックス・ヴェーバーの犯罪』が出版され、本書出版の翌月に折原浩の『ヴェーバー学のすすめ』が出ており、後者の下敷きとなった文章は当時からウェブ上(橋下努氏のhp)で公開されていたからである。

包括的にウェーバーの思想を扱うことを掲げていた研究も、実際の考察の範囲は基本的には狭い範囲に限定されていたという指摘は確かにその通りであり、本書が自らの研究の限界を明示しているのは価値自由の観点から見て妥当である。

ポーランド論というこれまであまり注目されてこなかった議論を把握することがウェーバー研究にとっても必要であることが本書を通してよく理解できた。ロシア革命論も以前読んだが、私の中ではウェーバーの広範な著作の中で今一つどのように位置づけてよいか整理できないでいたが、本書で示された枠組によってヒントを得たように思う。



 本論にとって、ヴェーバーとは学習の対象でも非難の対象でもなく、単なる分析の対象である。彼の政治的言動は、ここでは彼の論敵の政治的言動と同様に、ドイツ政治史の文脈に即して努めて即事的に評価される。つまり本論にとって、ヴェーバーは「教師」でも「反面教師」でもないということである。筆者はヴェーバーを学習の対象とする研究を決して否定するものではないし、筆者自身にもヴェーバーの著作を読んでいく中で自己の政治学的研究に積極的に援用したいと感じる発想を見出すことがしばしばある。だがいうまでもなく、学習としてのヴェーバー研究はヴェーバー研究の可能性の一つでしかないし、そもそも思想研究に分析対象を出来る限り好意的に(曰く「内在的に」)読むという努力義務がある訳でもない。これに対し、ヴェーバーを同時代の学問的・政治的資料と照らし合わせて批判的に検討し直すことは、どのような問題関心によるものであれヴェーバーという人物とその思想を理解しようとするときには欠かせない作業である。しかし、従来の特定のヴェーバー崇拝者に対する反発からとはいえ、ヴェーバーという人物を殊更に貶めるということが研究の目標そのものになりうるのかどうかは疑問である。指導的な研究者の間で、ヴェーバーへの個人的な愛情を告白する「聖マックス信仰」や、ヴェーバーへの憎悪を剥き出しした徹底的な粗探し、あるいは更に研究者同士の公私に渡る執拗な非難の応酬が常態化するならば、それが内容的に妥当なものであるかどうかに係わらず、学問上の議論を研究者同士の感情的な対立へと変容させ、周囲の研究者の委縮を招き、結果として研究の進展を妨げる危険性が生じるであろう。
 ヴェーバーの言動を即事的に解釈するためには、彼の言動だけを丹念に追跡するのではなく、これを相対化しなければならない。彼の文章だけをどれほど丁寧に読んでも、彼が意識的に、ないし無意識に言わなかったこと、彼が誤解していることは見えてこない。彼の同時代人の言動を参考にし、彼が直接、間接に受けた反応を考慮に入れて、初めて彼の言動の特徴が見えてくる。(p.15-16)


ここでは羽入-折原論争に対する筆者のスタンスや批判が表明されている。いずれも妥当だと思われるが、私の評価を加えて敷衍すると以下のようになる。

折原の側への批判としては、ウェーバーをもっと同時代の人々や状況の中に置き、相対化せよという主張となっているということ。羽入に対する批判としては、研究の目的ないし動機が誤っていることを示唆していること。論争に対しては、あのような感情的な形で論争を行うことは、周囲の研究者を委縮させる形で言論の自由な空間を狭めているという点で有害であると評価しうることである。

なお、ウェーバーを相対化する本書のスタンスに関しては、本書は大塚久雄やその少し下の世代までで行われていたようなウェーバーへの強い憧憬や崇拝から一線を画している点で新しい世代が現れてきたという点で望ましいものと考えている。



また「社会(構造)史」には、その「社会構造」なるものが厳密には実証的基盤のない「想像」の産物であるだけに、歴史家個人の価値的基盤(それはこれまでのところ事実上常に「ドイツ特有の道」論であった)が余りにも直截に表現されてしまうという問題がある。(p.17)


なるほど。興味深い指摘。



 以上見てきたように、社会政策学会ベルリン総会はヴェーバーがユンカーとの対決姿勢を明確に表明する最初の機会となった。この総会における彼の報告は、世界政策の提唱や、後年の学問論の予兆を含む1895年のフライブルク大学での正教授就任講演『国民国家と経済政策』が今日に至るまで大きな注目を集めてきたのに比べると、これまでそれほど注意が払われてこなかった。しかし、ドイツ・ナショナリストとしての彼の一生を描く際には、この1893年の報告は正教授就任講演と同程度に重要であるといってもよい。何故なら、それは今日知られている限り、大舞台における彼の最初の政治的演説だからであり、正教授就任講演のような一方的な意見表明ではなく、聴衆から直接反応が寄せられていたからである。(p.74-75)


1893年の社会政策学会での報告の重要性。本書のような観点に立たなければ発見できないような問題提起ではないかと思われる。ウェーバー研究に関しても、著者のように新しい世代の研究者が現れてきているようだが、新しい観点からこれまで見落とされてきた重要な問題について掘り起こしてもらえると読者としてはありがたい。



彼は人間の行動を説明する要因としての「人種」ないし遺伝的要素への期待は晩年まで明確に維持しつつも、これを十分な立証手続きも踏まないまま安易に使用する他人の「人種」論にははっきりと苛立ちを表明するようになっていくのである。(p.81)


少し前の世代のウェーバー研究者であれば、よりウェーバーを好意的に評価するようにしか書けなかっただろう。

私自身、ウェーバーという人物とその思想に大いに魅力を感じて読み続けてきた読者ではあり、読み始めた頃は、解説者たちの「聖マックス信仰」からも感化を受け、「ウェーバーすげぇ」とか思っていたが、いろいろと読み進め、ウェーバー以外のものも様々に学んでいくうちに、ウェーバー研究における「聖マックス信仰」には飽き足らないものを感じてきたので、本書のように一歩引いたスタンスでありながら、研究対象としてはウェーバーという人物やその思想・言動が重要性を持っていることを示しているような研究書が多く出てほしいと思う。



 また、そもそも「教壇禁欲」程度の工夫で学生の発想の自由が実際に担保されるのかどうかも疑わしい面がある。仮に教師の側が「教壇禁欲」を厳格に実践していたとしても、その教師が大学の外で特定の政治的価値を支持し、特定の政治的党派に加担していることが知られているならば、特にその教師を指導教官と仰いで研究しようとする学生は、日常それを意識しつつ研究せざるを得ないだろう。(p.129)


ウェーバーの「教壇禁欲(講壇預言の禁止)」に対する批判として的を射ている。これまでの「聖マックス信仰」の範囲内では、その崇高な理想としての側面ばかりが意識され、そうした崇高な理想を提示し、それを実践しようとしたウェーバーの卓越性が称揚されることが多く、そうした理想に倣うべきだという発想へと読者は導かれることになりがちだったように思う。

しかし、著者の指摘のように、教壇禁欲の原則を守ることと、その結果として発想の自由が十分守られることとは別のことである、ということは認識されてしかるべきだろう。

ただ、効果が十分でなかったり、場合によっては反対の効果を持ってしまうことがありうるとしても、それが目指していること、即ち、学生の思考を強制しないようにすること、という目的は(ほとんどの場合)間違いなく重要なこととして意識され、その目的を達する方向で言動がなされるべきであるとは思われ、こうしたことを意識させる古典的な表現ないし方法の一つとして「教壇禁欲」が銘記されることは望ましいように思われる。すなわち、「教壇禁欲」の教えは無意味ではない。



プロイセン東部州の農村を短期滞在や書物を通じてしか知らなかったヴェーバーとは異なり、それはヴェーゲナーにとって生活環境そのものであり、このことが彼の博士論文の主題選択にも繋がっていったものと思われる。(p.130-131)


本書では随所でウェーバーの生育環境が東方から遠かったことが指摘されているが、これがウェーバーのポーランド論が一面的で硬直的なものとなった背景の一つであるということであろう。

ちなみに、現代日本で中国に行ったことがない人の方が、中国に対して一方的で一面的なイメージで悪い印象を持っていることが多いように私には見受けられるが、それも同じようなことだと思われる。


以上、本書第一章までからメモする。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/868-cdec6203
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)