アヴェスターにはこう書いている?
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クリスタ・クリューガー 『マックス・ウェーバーと妻マリアンネ 結婚生活の光と影』(その2)

 春に一緒に旅行することを、マックスとマリアンネはもうしなくなった。マックスは毎年決まったように五月には一人で南に出かけていった。一方マリアンネの方は後に残って、結婚や婚姻法についての講演や論文などの仕事に縛られていた。その間、彼女の仕事をサポートできず、いかに彼女から離れていたかに、マックスは明らかに、たまたま気がついて驚くだけである。(p.207)


言われてみれば確かに第一次大戦が始まるまで毎年春に南に旅行している。ウェーバーの旅行については、あまり定例的な行事として捉えていなかったことに気付かされた。



マックス・ウェーバーの南の国々への偏愛は、その根を、ギムナジウム時代の人文主義的学校教育に持っている。古典古代を愛した者は、その舞台や遺跡をイタリアやギリシャに探し求めたのだ。ギリシャへの旅をウェーバーも計画したのだが、実行することはなかった。(p.211)


確かにウェーバーは少年期から古典古代に関する論文を書いていたこともあった。また、イタリアには何度も行っているがギリシャには行かなかったというのも、ローマ帝国などに関する論文は書いているがギリシャについての言及は相対的に少ないことと対応していると思われる。



もちろん、『トリスタン』を「愛の有限性の象徴と悲劇」と考えるミーナのおかげで、ウェーバー夫妻もワーグナー・オペラを聴く耳を持てるようになったのだった。(p.220)


正直、ミーナ・トープラ―という女性についてはノーマークだった。音楽社会学などとの関係でも一応注意を払ってよい人物かもしれない。



 この旅は、ウェーバーの最後の南欧紀行となった。数ヶ月後には、第一次世界大戦が勃発し、そしてもう、休養の旅、いくつかのエロス的夢や憧れなどは、その意味を失ってしまった。アスコナのアナーキスト、社会主義者、とりわけ平和主義者たちのユートピアが一瞬ギラギラした脚光を浴びたように見えた。しかしそういう政治的現実理解を欠くロマン主義的な世界改善や社会主義的革命および政治的な心情倫理へ向けられたウェーバーの警告は、先見の明のあることがやがて実証されることになる。(p.221)


第一次大戦はウェーバーの言動(勿論ウェーバーだけではないが)に様々なレベルで大きな影響を与えた。それがどのようなものだったのか見極めるのも興味深い作業かもしれない。



 迫りくる戦争勃発の脅威は、久しい前から叫ばれていた。だから今か今かと待つ緊張状態が終わることは、多くの人たちを、とりあえずホッとさせるものだった。80年以上の時を隔てた今、二度の世界大戦の後では、当時ドイツで――いや戦争に参加したすべての国々で――動員令が、いかにあまねく歓呼をもって迎えられたかは理解しがたいことだろう。圧倒的な共同体体験のなかで、これまで拡がっていた各種各様の利害関係や思想傾向間の対立が、いかに薄れていったことか。(p.222)


戦争が始まる前と始まった直後の社会の気分というものは、もっとよく知られてよい話である。



マリアンネ・ウェーバーの示唆するところでは、マックスが1916年に取りかかった古代ユダヤ教についての宗教社会学的な研究成果には、「多くの点で彼自身の運命」が映し出されている。例えば預言者たち、とりわけエレミアを始めとする災いを告げる預言者たちは、故郷の地が大国の脅威にさらされ、ユダヤ民族の故国が存亡の危機に立たされるような時には、いつもきまって出現するのだった。マックス・ウェーバーは、燃えるような情熱にもかかわらず、預言者たちが持つ「完全な内的自立性」と「即物性」について強調している。「それは……一個人のものではない。ヤーヴェのなす業、すべての荒々しい激情をも厳然と支配する情熱的な神の成し給う業」なのだ。
 たんに政治的な災禍という外的条件だけではなく、それ以上に前捕囚期の預言者たちの内的な状況が、ウェーバー自身の経験への或る対応物を提供している。「典型的な預言者は、一見したところ、不断の緊張状態にあり、鬱屈した物想いに沈んでいるように見える。そういう人間には、日常の取るに足らないことでも何か意味ありげに見えるので、心配の種の謎となりうるのである」(p.237)


ウェーバーの宗教社会学と政治論が並行しているのは、ウェーバーのカリスマ的指導者への共感や期待といったものが反映しているからであるように思われる。



他方、エロスの側からすれば、真の「情熱」は純粋にそれだけで美の典型であり、それを拒否することは冒涜を意味する。


 この最後の文章は、マックス・ウェーバーがエルゼ・ヤッフェから学んだことの受け売りである。エロス的愛はいかなる価値を持ちうるのかという彼の問いにエルゼは一言で答えていた。曰く、美、と。――恐らく、だからこそ「中間考察」の章は、それ以外には証明しがたいウェーバーのエルゼに対する充たされたエロス的関係を証しするものとして、繰り返しウェーバーの伝記的研究のなかで持ち出されてきたのだろう。(p.242-243)


エルゼとの関係が最も思想に反映している箇所。



どんな政治指導者でも、高度の資質を持った専門職のスタッフなしには政治は行えないし、権威と実行力を維持しようと思えば、政党官僚制の複雑な機械装置をうまく使いこなしコントロールできねばならない。(p.254)


官僚制を敵視する政治は必ず失敗する。この冷厳な事実を政治に携わる者ないし主権者たる者は理解しなければならない。このことを理解しない限り、現代日本の政治はいつまでたっても現実に存在する問題に適切に対処することはできないだろう。



 1933年以後はウェーバー・サークルも縮小され、学生たちは例外的な場合以外は所属することも稀になった。……(中略)……。それでも70人ぐらいの人たちが、このサークルに忠実であり続けた。……(中略)……。〔ナチスによる〕「国家公務員再生法」に基づいて大学の教職を追われた人々――マリアンネはそれを「繰り上げ定年退職者」と呼んでいるが――にとっては、それがまだ聴衆を前にして話のできる唯一の機会だったのだ。日曜茶話会は、自由な思考の、限られた庇護空間であって、抵抗の拠点ではない。1945年以降には、このサークルのメンバーたちはもう一度陽の当たる場に出ることになった。追放されていたリベラルな教養市民であり、政治的に悪い前歴のない彼らは、占領軍政府の信頼を得て、大学の再建に助言者として参加することになった。彼らはナチスの深淵を超えて、リベラルで「精神的な」ハイデルベルクの偉大な伝統に、もう一度橋渡しをしたのだ。彼らはハイデルベルク大学の学生たちの戦後第一世代の選り抜きの代表者たちを育成し、文字通り高齢の極みまで、少なくとも個々の学生たちとの出会いを大事にした。(p.272-273)


「自由な思考の庇護空間」は重要である。言論の自由が保証された社会とは、社会全体がこのような庇護空間である(べきだ)という事を意味する。

言論の自由のない社会(最近の日本の政治の保守化の進展をみると、次第にこうした社会に向かいつつあるように思われるが)では、私的なサークルであっても、こうした活動の存在には意義がある。直接に抵抗を意図するものである必要はないし、むしろそうではないからこそ存続できたという面があるのではないか、この点にも注目したい。



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