アヴェスターにはこう書いている?
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外間守善 『沖縄の歴史と文化』

 歴史時代にはいると、アヂ(按司)といわれる土豪が台頭し、はじめて沖縄の歴史が動きだした13世紀から15世紀にかけては、東アジア、東南アジアの歴史も激しく動いた動乱の時代であった。(p.6)


ジャネット・アブー・ルゴドの言う「13世紀世界システム」の東の末端に琉球は位置していたと考えられそうである。その位置価は『ヨーロッパ覇権以前』を再読する機会(近々は無理そうだが)に確かめてみたい。



沖縄史の按司の出現は日本史上における武士の勃興とほぼ時を同じくするものであるが、按司の歴史的性格は、中世の武士に比較するより古代の土豪に比べるべきであろう。(p.38)


前段の指摘は興味を惹かれる。武士の勃興もまた13世紀世界システムと関連があると考えることができる可能性が示唆されるからである。後段の指摘は「中世」と「古代」という言葉が持つイメージに引きずられる危険性をはらむ主張であり、戦後の冷戦体制の時代までの歴史学のパラダイムを引きずっているところに注意が必要であろう。



 薩摩の琉球入りについては、対明貿易という琉球王国のもつ経済利権の収奪にその主因が求められがちであり、またそれは一つの要因ではあるのだが、幕藩体制そのものの伸長と、体制の内側にある薩摩の政治的・経済的窮状が具体的な引きがねになっていることも見落としてはいけないであろう。
 また、沖縄の内側からいえば、ヨーロッパ勢力に押されて中継貿易が衰退し、16、17世紀には貿易国家としての決定的な危機を迎えていた。そのような歴史的状況を斟酌しながら、薩摩入りというのは、琉球王国が遅れぎみの古代社会を清算し、中世的封建社会を迎える歴史的契機となったという見方をする人もいる。(p.76-77)


薩摩の琉球への侵攻は1609年のことだが、これは琉球の歴史において非常に重要な画期の一つである。ヨーロッパの海外進出、東南アジアと中国、日本の情勢まで考慮に入れてはじめて、この事態を妥当な仕方で位置づけることができると考えられる。

ちなみに、引用文の最後の部分の「古代社会を清算」とか「中世的封建社会」などというステレオタイプ的な概念の使用法、すなわち、(西ヨーロッパという)ある特定の地域を理解するために考え出された概念を別の地域にも適用しようとする考え方には警戒しなければならない。ひとつ前の引用文に対するコメントの最後に指摘した注意点がまさにここにある。



 これは、昭和15年、沖縄文化の研究を目的に来島した日本民芸協会の同人たちが、県治方針として標準語励行運動が盛んなことを批判したことに関して、県学務部との間にかわされた論争である。標準語運動は方言を野蛮視しているものと一方がいうと、他方は方言を賛美するのは沖縄県を愛玩しているのだと主張し、連日の紙面をにぎわせ、当時の社会の異常な関心ぶりがうかがえる。
 ここには、後進性を払拭しようとする「沖縄」自身の主体的な思惟と、中央からの国家主義の浸透という二つの面を考えねばならないだろう。重要なことは、後進性から脱却しようとする沖縄主体の焦慮が、国家主義を浸透させるための格好の条件になったのではないか、ということであり、この事件は、言語問題だけでなく、広く社会や文化の問題にも当てはまっていえることであった。(p.88-89)


二つの面のうち、国家主義の浸透という面は容易に思いつくところだが、沖縄側の心理を考慮に入れるというのは、その時代のその地域についてある程度の知識を要求する点で思いついたり、射当てたりするのが難しい。

当時の沖縄にこうした焦燥があったというのは、納得できる。

われわれにとって参考になるのは、焦燥は人々を国家主義のような単純で一見力強い主張に飛びつきやすくするのではないか、という経験的な規則である。90年代以降、日本でもナショナリズムが高まってきているが、90年代末頃は中国などの急速な経済成長や国際政治における影響力の増大、そして領土を巡る緊張などが日本の人々の考えをナショナリズムへと誘う誘因となっているように思われる。

橋下徹らの「日本維新の会」にせよ、自民党総裁選における安倍晋三の当選にせよ、こうした世相を反映していると思われる。焦燥に駆られて冷静に判断する能力を欠いているとすれば非常に危険である。



◆素朴美 沖縄を初めて訪れる人が、まず心を魅かれるのは、瓦屋根の美しさではないだろうか。ゆったりとした勾配、温かく渋味のある赤瓦の色、そして赤い瓦の間を白い漆喰が豊かに包みこんでいる姿がなんともいえず美しい。赤と白との調和もさることながら、女瓦(平瓦)、男瓦(丸瓦)のきっちりとした組合せと白い漆喰の豊かな量感がおおらかに融けあっていて、いかにも南国的である。しかも屋根の中央には、さまざまにとぼけた屋根獅子(シーサー)ものっかっている。
 しかし、おおらかに美しい南国の瓦屋根は、美しさを求めてそのように成形されたのではなく、生活の必要の中から滲み出るように生まれてきた素朴なたたずまいなのだと思う。雨風が激しく、しばしば台風に襲われる沖縄では、軒や庇は深く張るほどいいわけで、深い軒には骨格のしっかりした広い屋根が必要だし、しっくりと組みあう女瓦、男瓦が求められて当然なのである。平瓦をのせるだけで風雨を凌げる日本本土とは違い、沖縄ではさらに、漆喰で女瓦・男瓦を包みこみ、風に耐えなければならないのである。珊瑚礁に恵まれた沖縄では、漆喰はぜいたくなものではないし、美を意識し、美をつくりだす用材として使っているわけでもない。身のまわりにある素材を活かして守る生活の知恵なのである。
 生活の中から生れてくる素朴な美しさ、生活の汗の匂いの染みこんだ美しさ、とでもいうのだろうか、それは赤瓦や白い漆喰の瓦屋根だけでなく、陶器、漆器、染織等々にも共通してみられる素朴な美しさである。(p.186)


先日沖縄に初めて行ってきたのだが、この「素朴美」という感覚は沖縄の美意識の基層をなしていると感じた。

洗練されきった研ぎ澄まされた美しさとは違う、素朴な感覚が強く出ている。それでいて美しさも感じられるというものが多かった。例えば、陶器の器などからは、厚さや造形の歪みなどに洗練されたものとは違うものがあったと感じ、そうであるがゆえの温かみのようなものも感じられた。

経済や政治と美との関係も気になるところである。経済的にある地域世界の中心に位置するような場所では、実用性を中心としたものより装飾として作られるようなものも増えると思われる。様々な政治権力(国や地方領主)の間で求心力を持つような権力が存在するような場合も同様だろう。もし、そうだとすると沖縄の素朴美は、ある種の周辺性の反映でもあるとの仮説が成り立ちそうである。


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