アヴェスターにはこう書いている?
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新雅史 『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道』

 戦後社会は、よく総中流社会といわれる。しかし、それは「雇用の安定」だけで実現したわけではない。多くの者が自営業に参入し、その都市自営業者が「安定」していたからこそ、中流社会がもたらされたのである。
 だが、近年の格差社会の議論は、「雇用の安定」ばかりを論じて、「自営業の安定」の是非について論じることがなかった。(p.20)


高度成長期には「雇用の安定」に加えて「自営業の安定」があったという指摘は、通常指摘されない問題に光を当てる点で非常に重要。なお、この「両翼の安定」という主張は本書の主張の中でも重要な位置を占めている。



 わたしたちは、何らかの規範のなかで生きている。にもかかわらず、少なくない経済学者が、ルールのない状態を理念的に設定して、規制について批判をおこなう。こうした反規制という態度こそ、一種の信仰といえるだろう。(p.21)


妥当な批判。



 また、ショッピングモールの増殖は、「自営業の安定」を崩壊させ、「雇用の流動化」――ショッピングモールで働く人の多くは非正規雇用である――を加速させた。(p.22)


言われてみれば、という感じがする指摘。本書はこうしたものが比較的多く面白い。



 社会科学では、中間層を「旧中間層」と「新中間層」とに分類する。旧中間層は土地を自己所有する豊かな自営業者、新中間層は豊かな雇用者層を意味する(図1)。この「旧」と「新」という形容詞からわかるように、多くの社会科学者は、「旧い」中間層の自営業が「新しい」中間層の雇用者層に置き換わる、と想定してきた。
 しかし、この想定は誤っていた。「旧中間層」は、大きく農業層と都市自営業層とに分けることができるが、近代化は、農業層から雇用者層への移行だけでなく、都市自営業層への移行をも進めた。この都市自営業層を安定させたところに日本の近代化の大きな特徴がある。
 商店街は、安定した都市自営業者層の象徴であった。それだけでなく、地域社会の象徴ともなったわけである。(p.22-23)


近代化論のパラダイムの枠内にある社会科学に対する妥当な批判。商店街というと、最近はシャッター街のようなものがすぐに連想され、経営の持続が難しいものというイメージが強いが、かつては安定した都市自営業者層を象徴していたということを思い起こさせることは有意義と思われる。



 20世紀前半に生じた最大の社会変動は、農民層の減少と都市人口の急増だった。都市流入者の多くは、雇用層ではなく、「生業」と称される零細自営業に移り変わった。そのなかで多かったのが、資本をそれほど必要としない小売業であった。
 当時の零細小売商は、貧相な店舗、屋台での商い、あるいは店舗がなく行商をする者が多かった。そのため、当時の日本社会は零細規模の商売を営む人々を増やさないこと、そして、零細小売の人々を貧困化させないことが課題となった。こうした課題を克服するなかで生まれたのが「商店街」という理念であった。
 要するに、20世紀初頭の都市化と流動化に対して、「よき地域」をつくりあげるための方策として、商店街は発明されたのである。
 商店街はあくまでも近代的なものであり、それも、流動化という、現代とつながる社会現象への方策のなかで形成された人工物だったのだ。
 こうして、戦後日本は、「日本型雇用慣行」による雇用者増と、商店街などの自営業層という「両翼の安定」によって支えられることになった。(p.25-26)


伝統的なものというイメージが強い「商店街」は実は「近代的」なものだったという指摘は多くの人にとって新鮮に感じられると思われるが、正鵠を射た指摘でもある。

私個人としても、この数年間、19世紀末から第二次大戦前頃までの時代に関心を強めているのだが、商店街というものまでもこの関心の圏内にあったということがわかり、非常に興味深く感じている。



 だが、商品の価値は、本来小売業の店頭で発生するものである。だから、生産者が力を持っているのはおかしい。今後は、消費者が、自分たちで支払ってもよいと思う価値=価格を決めるべきである。小売業者の役割は、消費者に代わって、生産者から価値=価格の決定権を奪い返すことだ、と中内は喝破した。(p.122)


1960年代末から70年代頃の消費者主義の台頭というのも、いろいろ調べてみるに値する問題であり、興味を惹かれた。マイケル・サンデルなども消費者主義の台頭をリベラリズムと結びつけて批判していることも念頭におきつつ調べてみたいと考えている。



 新しい年金制度は、その後の女性たちの働き方を強く規定した。
 よく知られるように、この制度のため、主婦たちは、年収130万円以上かせぐことを避けるようになった。もし、130万円以上かせいだならば、夫の扶養控除がなくなるだけでなく、年金保険料まで支払う必要が出てくるからだ。
 ……(中略)……。
 主婦たちの仕事の多くは、1980年代から伸びていったサービス産業や小売業であった。主婦パート労働の典型的な現場であるスーパーは、1970年代から80年代にかけて大幅に増えたが、それは高い賃金を求めない主婦パートが大量に増えてこそ成り立つ業態であった。彼女たちが、スーパーなどでパートタイム労働をするのは、明確な理由があった。それは、子どもたちの学費をふくめて、家計の補助をするという目的のためである。
 だが、主婦パートが、サービス産業・小売産業に流れ込むことによって、その後の若者のアルバイトの時給は、主婦パートと同じ低水準に抑えられることになった。主婦たちが、子どものためを想ってせっせとパートタイム労働に出ることが、皮肉なことに、アルバイト専業の若者たち――いわゆるフリーター――の低賃金をつくりだす基盤となった(p.150-151)


なるほど。大変興味深い指摘。 

年金制度もさることながら、所得税の配偶者控除が受けられる103万円というのも同様の意味を持っている。




 この報告書はとんでもない主張をしている。GDP比でアメリカの四倍にものぼる公共事業をおこなっているのに、それでも一層の公共事業を求めているのである。その理由は、日本がアメリカに比べて「生活小国」だからという乱暴かつお節介な理屈からであった。
 以上の経緯で、アメリカ政府は、日本に対して、道路や空港といった社会資本の整備を求めた。それは、景気回復と社会資本の整備というお題目による大規模複合開発プロジェクト――関西国際空港、東京臨海部(ウォーターフロンティア)開発など――にアメリカ企業を参入させるためであった。(p.166-167)


「この報告書」とは1990年に発表された「日米構造問題協議最終報告」のこと。

こうしたアメリカの圧力も90年代に公共事業が盛んに行われる原因となり、財政赤字を膨らませることになったということは覚えておいてよいだろう。地元の必要に基づいて計画されるのではなく、アメリカという「お上」に端を発する部分があったということは、不要不急の事業を増やし、公共事業自体に対する信頼を失わせることにもつながったのである。

この時代の公共事業のすべてが無駄だったわけではない。景気の下支えに一定の効果があったことは確かである。しかし、同じ出費を有効に使うための知恵や働きかけが、政治家にも官僚にも自治体にも一般市民にもなかったということである。それは現在も変わっていないように思われる。

なお、すぐ前の文で既に述べたことなのだが、意図を明確に理解してもらうためにあえて繰り返して書くと、一般の人々自身も有効な使い道を分かっていないということを自覚することは重要である。事は政治家や官僚が悪いと言っていれば済む問題ではないのである。



1990年代からひろがるショッピングモールは、財政投融資がばらまかれた国道アクセス道路沿いに数多く建設された。(p.168)


上の引用文との関連もあり、大変興味深い問題を示唆している。



 もう一度当時の状況を整理すると、1980年代の日本政府は、アメリカの圧力のなか、小売規制を緩和することで、小売にかかわるアクターを増やし、消費者の利益となるような消費空間を実現しようとした。しかし、それは、当然ながら零細小売商の体力を奪うことになった。そのため、零細小売商を含めた中小企業は、この機会にと、アーケードなどのハード部分を政府に要望するとともに、運転資金として、財政投融資の資金(実際は財政投融資を迂回した政府系金融機関の融資)を求めた。かくして、財政投融資は、中小企業を苦境に陥れるとともに、その苦境からの救済措置としても用いられたのである。(p.171)


思い返すと、私の地元でも1990年に新しいアーケード街ができていた。小さな地方の事例も、時代の趨勢の中での位置づけがわかると、興味深く見ることができる


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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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