アヴェスターにはこう書いている?
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折原浩 『ヴェーバー学の未来 「倫理」論文の読解から歴史・社会科学の方法会得へ』

ここでは、そのすべてに立ち入るわけにはいかないので、「倫理」論文の読解にとって重要な一点、すなわち、理念型の「経験的妥当性」という問題についてのみ、管見を述べたい。
 この問題については、「客観性」論文の結論部分に、ヴェーバー自身による誤記と(英訳を除く)全翻訳の誤訳があって、「経験的にあたえられたものが、……認識の妥当性を証明するための事実上の根拠[台脚]とはどうしてもならない――この証明は経験的にはできないのだ――」(出口勇蔵訳)、「経験的な所与にもとづいて認識の妥当性を証明することは経験的に不可能である」(徳永恂訳)という解釈がなお尾を引いており、これに見合って、認識のための概念用具としての「理念型」についても、その「経験的妥当性を、経験的所与にもとづいて検証することは、経験的に不可能である」と解される嫌いなしとしない。じつは、「認識の妥当性」と訳されている箇所は、語法上はともかく、「客観性」論文全篇の趣旨と、「倫理」論文ほか経験的モノグラフにおける当該方法の適用例とに照らして、「価値理念の妥当性」と改訳されなければならない。そうでなければ、経験科学的認識がそもそも成り立たない、というおかしなこと(自殺論法)になろう。(p.90-91)


構成された理念型は経験的妥当性を問うことができ、その妥当しない部分が析出されてくることによって、当該理念系とは別の要素が明確になり、これらが緊張関係におかれることによって認識が進展していく(それらを総合するような新たな理念型の構成等)と著者は本書で主張し、理念型構成のダイナミズムを提示している。

本書を読んで参考になった箇所。



 なるほど、理念型的に構成された概念や理論に、「現実を『法則』から演繹できるという意味の経験的妥当」は求められないし、求めてはならない。ヴェーバーは、理念型論を、カール・メンガーにたいする批判をとおして打ち出したのであるが、その批判の眼目は、メンガーが法則的認識と歴史的認識とを区別しながら、「精密的方針による抽象理論」の諸定理に、この(「現実を『法則』から演繹できる」という)意味の経験的妥当を要求したという一点にあった。「抽象理論」の方法的捉え返しであるヴェーバーの理念型も、この意味の経験的妥当を要求するものではない。しかし、それでは理念型がおよそいかなる意味でも経験的妥当性を問われない、あるいは討論/論争による経験的検証を受け付けない、そういう観念的構成物なのかというと、けっしてそうではない。(p.92)


ウェーバーの理念型論がメンガーへの批判をとおして形成されてきたことは、メンガーの『社会科学、特に経済学の方法に関する研究』(経済学の方法に関する研究)とウェーバーの「客観性」論文を読み比べるとよくわかる。そして、ウェーバーは「歴史学派の子」であると自称したということが、彼の伝記的著述ではしばしば言及されるものの、実際には理念型に関わる部分に関しては歴史学派よりオーストリア学派に近かったのではないか


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