アヴェスターにはこう書いている?
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奥村哲、笹川裕史 『銃後の中国社会 日中戦争下の総動員と農村』

 他郷に逃れる場合には、資陽県の例で、当時は西康省に属し、現在はチベット族の自治州になっている甘孜州一帯が挙げられているように、有力者が新たに開墾した山間部などが比較的多かった。省の東部に位置する墊江県の西山農場の場合、労働者は大多数が徴兵逃れの農民で、有力者に守ってもらうかわりに、無償労働だったという(程致君ほか 出版年不明)。この点で想起するのは、日本の明治期には、「逃亡や失踪による徴兵忌避を黙認し、これを前提として採用した政府の政策の一つに北海道開拓事業としての屯田兵制度があ」ったことである。「政府とくに内務省と北海道庁は、徴兵制度を北海道に施行することに反対し、内地からの壮丁の逃亡者が、北海道に逃げ込んだ際、これを黙認して、北海道の開拓に、その肉体を捧げることを暗に歓迎した」という(菊池邦作 1977年)。(p.75-76)


屯田兵制度は言葉はよく知られているが内実はよく知られていないことのひとつであり、私にとってもしっかりと知っておきたいことの一つである。



 社会もまた、同時期の日本のように、ナショナリズム(ここでは国民意識)によって強く縛られてはいなかった。ナショナリズムは、直接には教育とマスコミによってかきたてられる。経済的に遅れた中国、とりわけ奥地農村では、この教育とマスコミの普及もまた、きわめて不十分であった。沿海部から遠い四川省にあっては、敵の日本軍も身近な、眼に見える存在ではない。そのような状況では、国家の危機を救うために生命を捧げるのは当然だという論理は、実質的には少数のインテリにしか通用しなかったのである(第9章参照)。だから、兵営から逃げ帰った人間が、日本のように「非国民」だとみなされることはなかった。というより、「非国民」という概念それ自体が、社会的に形成されていなかったといえよう。(p.114-115)


ナショナリズムももっと深く探求してみたい問題だが、時間と労力の都合でなかなか踏み込めていない分野である。


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