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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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バートランド・ラッセル 『社会改造の諸原理』(その5)
この講演文は次のように締めくくられる。

 わたしが教師として、多くの異なった国民の青年たちとこれまで接触できたことは幸運であった。それらの青年の内部には、希望が生命をもっていたし、また彼らがそれによって生きていた空想的な美の、少なくともなにほどかはこの世界に実現させたかも知れない創造的エネルギーが、彼らの内にひめられていた。[だが]彼らは、ある者たちは一方の側で、またある者たちは他方の側に立って、戦争にひきずりこまれてしまったのだ。今なお参戦中の者があり、また生涯の不具者となった者もあり、幾人かはすでに戦死をとげた。生き残る者たちのあいだで、多くの者が精神の生活を失うであろうし、希望は死滅してしまい、エネルギーは費消しつくされ、きたるべき年々が、ただ墓場へ向かうものうい旅路にすぎなくなることが案じられる。すべてこのような悲劇について、教職にある少なくない人々が、なんらの感情をももっていないように見える。彼らは無慈悲な論理でもって、次のことを証明しようとしてみせる。つまりそれらの若者たちは、冷たくも抽象的なある目的のために、不可避的に犠牲となったのだ、と。そのような教師たちは、自分自身はとり乱さないで、ある感情が襲うといういささかの瞬間があった後は、たちまちにして安逸へもどってしまう。

 そのような人々には、精神の生活は死せるものとなっている。もし生きているのならば、父あるいは母の愛にもみまがう痛切な愛情をもって、彼らの精神は若者たちの精神と出会おうとして、外に出てゆくであろう。そして自己の境界を意識せず、若者たちの悲劇をみずからの悲劇と感ずるに違いないのである。「そうだ、このようなことは正しくない。青春の輝きが打ち消され、くもらされるというこのことが、良いはずはない。聖戦であるはずはない。罪を犯したのは、年長のわれわれなんだ。あの若者たちを、戦場へ送ったのはこのわれわれだ。われわれが、悪しき情熱と、死せる精神をもっていたばかりに。心の温かさや精神の活きたヴィジョンから、寛大に生きるということをわれわれができなかったばかりに、若者たちを戦場に追いやってしまった。この死の状態から抜け出そうじゃないか。死の状態にいるのはわれわれなんだから。そして、生に対するわれわれの恐れから戦死していった、あの若者たちではないんだから。若者たちの亡霊は、まさにわれわれよりも生に満ちている。その亡霊はわれわれをかかえ上げ、きたるべきあらゆる時代の恥辱と汚名にさらすのだ。若者たちの亡霊の中から、生命が生まれねばならぬ。その亡霊から生命を与えられねばならぬのは、それこそわれわれなのだ。(p.154-155、強調は引用者)

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