アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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シーナ・アイエンガー 『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』(その4)

 ロングテールは、人が数百万もの選択肢に対処できることの証拠として、引き合いに出されることが多い。だがこの現象が見られるのは、書籍や音楽CDのように、ほかとはっきり区別がつく商品の場合だけだ。それに消費者が一生かけて収集するものは、せいぜい数千種類であることは言うまでもない。選択肢の見分けが容易につかないとき、あるいは最高のものをたった一つだけ選ばなくてはならないとき(デンタルフロスを各種取りそろえようなどという人はいない)、選択肢の多さは、もはや便利でも、魅力的でもなくなり、単にノイズを生み出し、わたしたちの集中を妨げるだけになってしまう。(p.233)


ひところもてはやされたロングテールにもこうした様々な限界がある。

また、選択肢の多さについても一般には良いことと考えられがちだが、デメリットもあることの指摘も重要である。



幅広い選択肢を残しておくためには、時間であれ、心の平安であれ、利益であれ、何かをあきらめなくてはならない。この消える扉ゲームでは、代償といっても、数セントずつちょこちょこ失うだけだったが、選択肢を残しておくにはとかく代償が伴うことことを、肝に銘じる必要がある。
 わたしたちが賢明な選択ができるかどうかは、自分の心の状態をどれだけよく知っているかに、少なからずかかっているようだ。もっと選択肢が欲しいというのは、こう言うのと同じことだ。「自分が何を欲しいかはわかっている。だから選択肢がどんなにたくさんあっても、自分の欲しいものを選ぶことができる」。どんなに多くの選択肢を与えられても、自分が足を踏み入れたい扉がどれなのか、いつか必ずわかるはずだと思っているのだ。しかし皮肉なことに、より多くの選択肢を要求するのは、言い換えれば「ときどき自分が欲しいものがわからないことがある」、または「すぐに気が変わってしまうから、選択する瞬間にならないと、自分の欲しいものがわからない」という告白でもあるのだ。そしていつしか、選択に費やす時間と労力が、選択によって得られた利益を打ち消してしまう。(p.249-250)


選択には代償があるという主張は本書の重要なポイントのの一つである。



このような理由から、選択肢の数が増えることは、たとえ一つひとつの選択が困難になっても、好きなものに飽きたときのための予備を持っておけるという点で、全体として見れば都合がよい。しかしアリエリーの研究が示すように、選択肢の「質」よりも、選択肢が存在するという「状況」を重んじるあまり、好ましくない決定をしてしまうことがある。(p.251)


選択肢は数が多いことが重要であるとは限らず、選択肢があるということ自体が全体として重要であること、また、選択肢は「質」が重要であること、これらのことが手短に整理され、かつ、非常に鋭い指摘がなされている。



 自分に何かの行動をとる自由があると信じている者は、その自由が失われるか、失われそうになるとき、心理的反発を感じる。(p.294)


心理学者ジャック・ブレームの言葉を引用している箇所。この「心理的反発」に関する議論も本書から得た収穫であった。

例えば、子供に勉強をさせる際、「勉強しなさい」と言うと、言われた側の子どもは「心理的反発」を感じるようになるため、それが常習化することにより勉強自体にも反発を感じるようになってしまい、勉強も嫌いになる、といったことがありそうだということが理解できた。



選択は、最良の状態では、主導権を取り上げようとする人々や体制に抵抗する手段となる。だが選択の自由がだれにでも平等に開かれているという建前がふりかざされるとき、選択そのものが抑圧になる。(p.323)


新自由主義やリバタリアンが彼らの表面上ないし理論上の主張と矛盾してしまうポイントはこの点に存する。もっとも政治的に見れば、それらの主張をする人々はこのことを暗黙裡には感じながら、自分およびその擁護する立場の人々を有利にするためにあの種の言説を垂れ流しているのだと思われるが。



選択は、自由、自己決定権、平等、民主主義などと深く結びついた概念であり、普遍的な権利として、あたりまえのように肯定されてきた。でも実際、選択とはいったい何なのだろう、選択は何に左右されるのか、選択の自由はどうあるべきなのだろう――本書の刊行をきっかけに、選択に関するさまざまな議論が巻き起こっている。(p.377)


訳者あとがきより。私自身も「選択」や「自由」に関して本書から同様の刺激を受けた。本書は多くの人に読んでほしい良書である。



 選択に制約が課されることで、逆に本当に大切なことだけに目を向け、選択しやすくなる。(p.379)


選択肢の豊富さが価値があるかのように錯覚してしまうことが多いが、確かにそのとおりである。これは本書の主張を要約したフレーズと言えそうである。


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