アヴェスターにはこう書いている?
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中川喜直 『もうひとつのスキー発祥の地 <おたる地獄坂>』

 小樽は気候風土や地理的にもスキーに適した環境にあったことから、その後スキーのメッカとして発展していくことになるが、その源流にはレルヒのアルペンスキー術があった。娯楽の少ない時代、豊富な粉雪が積り町中至るところが坂道で経済的に恵まれた商人の町にスキーヤーが増えるのは当然だった。大正時代、北のウォール街として経済が著しく発展しこの地でスキー術は隆盛を極める。(p.5-6)


地理的・地形的要因だけではなく、スキーがヨーロッパからもたらされた時期にちょうど経済が急速に発展していたことが、小樽でスキーが急速に広まり、盛んになった背景となっていることがわかったのが、本書からの収穫の一つだった。



 午後七時に越中屋の食堂で食卓を囲み団欒が始まった。レルヒは不公平に耐えられぬ日本旅館の外国人への暴利について苦言を呈した。「友達の日本人軍人と同じ部屋で同じものを食べて私は四円、友達は二円、私はなぜ四円払わなければならないのか」と問われ、奥谷はその言葉に恥を感じると同時に憤慨したが成すすべがなかった。(p.23)


これは明治45年(1912年)のことであり、今からほぼ100年前のことである。外国人料金というのは、今でも外国(いわゆる発展途上国や新興国と呼ばれるような地域)の観光地などに行くとしばしばお目にかかる。レルヒの問いに答えると、日本政府が外貨を必要としていたから、というところだろうか。



一方、欧州では早くから軍事にスキーが利用されており、日本においても軍部による普及発展が積極的に行われてきた。昭和十二年から始まった日中戦争によって国民の体力錬成、体位向上に視点が向けられ、スキーが冬季の体力維持及び増進に適する格好の鍛錬手段として認知されるようになり、第一回スキー指導者検定講習会を厚生省の後援で開催することになった。(p.76)


スポーツの歴史的な側面の一つ。

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