アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

モンテスキュー 『法の精神 中』

 自由な人間は身を売ることができるというのは正しくない。売買は代価を前提としている。ところで、奴隷が身を売ると、彼のすべての財産は主人の所有に帰することになり、したがって、主人は何物をも与えず、奴隷は何物をも受け取っていないことになる。奴隷も特有財産をもつ、と人は言うかもしれない。しかし、特有財産は一身に付随しているものである。自殺をすることが、祖国からの逃亡となるがゆえに許されないとすれば、身を売ることもやはり許されない。各公民の自由は公的自由の一部分である。この資格は、民衆的国家においては、主権の一部ですらある。この公民としての資格を売ることは、人間において想像することもできないほど常軌を逸した行為である。自由は、それを買う者にとってある価格をもっているとしても、それを売る者にとっては、価格をつけられないほど貴重なものである。(p.54)


ロックの自己所有の原理などとも関連して興味を引かれた部分。



 知識は人を穏和にする。理性は人間性を高める。他方、人間性を否認させるものは、ただ偏見だけである。(p.57)


偏見が人間性を否認させるのは、それが特定の――多くの場合、事実誤認に基づく――信念に基づき、それに固執して自由な観点を持つことができない状態で言動を起こさせるところにあると思われる。



 極端に絶対的な君主政の国々においては、歴史家は真理を裏切る。なぜなら、彼らはそれを述べる自由をもっていないからである。極めて自由な国家において、歴史家はその有する自由そのもののゆえに真理を裏切る。この自由は常に分裂を生み出すので、各人は、専制君主の奴隷となると同じほどに、自己の党派の偏見の奴隷となるのである。(p.196)


中国と日本の間の歴史問題についての意見の相違はここから生じていると思われる。中国では歴史家は真理を述べる自由を持っていない。日本では言論の自由ゆえに分裂が強く、右派の自慰史観などが特に顕著だが、自己の党派の偏見の奴隷となっている。そして、彼らの言説が存在することが、相手方である中国側の怒りを刺激して悪循環に陥る。


スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/773-e5ca054f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)