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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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モンテスキュー 『法の精神 上』

 人間は共和政体においてはすべて平等である。彼らは専制政体においても平等である。前者においては彼らがすべてであるから、後者においては彼らは無であるから。(p.163)


モンテスキューは本書において共和政体(民衆政体と貴族政体を含む)、君主政体、専制政体という3つの政体を区別する。君主政体と専制政体は従来、後者は前者の堕落したものとして捉えられることが多かったが、全く異なった本性と原理を持つ別の政体であるとした点がユニークなところである。「専制政体も君主政体も政治権力が単独者によって担われている政体であるが、前者は法律によらない政治、後者は法律による政治という差異がある」(本書p.408訳注)。

本書で専制政体について述べられる様々なコメントは確かに現代でも民主的ではない政治体制に対する批評として通用するものがしばしばあり興味深い。法律によらない政治という点ではしばしば「法治でなく人治」と言われるような政治権力についてかなり妥当な指摘をしていることが多いと思われる。



 一緒にいる人間が多くなればなるほど、人間はますます虚栄的になり、つまらぬことで自分を目立たせようという欲望が生じてくるのを感ずる。(p.198)


実際に妥当するかどうかはわからないが、興味深い箴言。



 国家には常に、出生、富、名誉によって際立った人々がいる。しかし、もし彼らが人民の間で混同され、他の者と同様に一票しかもたないとすれば、共通の自由は彼らの隷従となり、彼らはこの自由を擁護することになんら関心をもたないであろう。なぜなら、大多数の決議は彼らの利益に反するであろうから。それゆえ、立法における彼らの役割は、彼らが国内でもっている他の優越性に比例すべきである。人民が彼らの企てを阻止する権利をもつのと同様に、彼らが人民の企てを阻止する権利をもつ一団体を構成するならば、このことは実現されるであろう。(p.297)


現代の民主主義の体制は基本的に形式的な平等を重視しており、ここでモンテスキューが主張しているような問題を敢えて避けて通っている。モンテスキューが述べるような優越性に比例した役割を優越的な人々に与えるという考え方は、実質的な公平でもあると考えることは可能であると思う。しかし、これを制度化すると、優越性のあるものにとってはますます有利になり、優越性のないものにとってはその制度下での権利はますます不利となる。こうした優越性を捨象して形式的な平等により一票を人々が持つことと、優越性に応じて比例的な力を持つこと。形式的平等と実質的平等とでも言うべきものは政治体制の中でどのように位置付けられるべきか、少し考えてみる価値があるように思う。



神は敬うべきであって、決して神のために報復すべきではない。(p.346)


なかなかの名言。宗教は政治的現象であると私は随所で述べてきたが、まさにここでモンテスキューが批判している報復の論理こそ、宗教的イデオロギーが政治体を戦争をすることを正当化する際に使われる事例の一つである。


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