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アヴェスターにはこう書いている?
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橘木俊詔 『格差社会 何が問題なのか』(その2)

1990年における全国平均の県民一人あたり所得は291万円です(表3-11)。2002年は292万円となっています。この12年間で、所得がほとんど増えていないということは、ある意味で驚きです。日本において、いかに経済が沈滞していたかがわかります。(p.107-110)



1990年を1990年から2002年までの間、
毎年1%ずつ成長していた場合、2002年の一人あたり所得は約328万円
2%ずつ成長していた場合では、2002年の一人当たり所得は約369万円
3%だとすれば、2002年の一人当たり所得は414万円を超える。

292万円との差額はそれぞれ36万円、77万円、122万円超となる。
日本以外の地域との差を考えると、この期間で日本の相対的な経済力は相当小さくなったと考えて良い。(このことは、先日の国連通常予算分担金比率がこれまでの19.468%から16.624%に減ったことにも端的に表れている。)

私見では、今後もこうした傾向は続くものと想定している。

地域間格差は、いまに始まったことではありません。1975年と2000年の失業率が、相対的な地域間の格差ということで見る限り、それほど様相を変えていなかったことも、そのことを示しています。しかし、絶対的な失業率の高さで見ると、地方の失業率はかなり高くなったので、地方経済の深刻さを知ることができます。(p.110)



地域間格差の様相はそれほど変わっていないというのはやや意外に感じるかもしれない。しかし、橘木氏が言うように、絶対的な水準の悪化によって、「格差」の下層の状況は「最低限の生活水準」を割るケースが増え、最近は、それが一つの臨界点に達しつつあると考えて良いのではなかろうか。

 機会の平等については、二つの原則があります。一つは「全員参加の原則」です。たとえば、人が教育を受けたい、就職したい、昇進したいと希望した時に、望む人は全員参加できる、すなわち候補者となる機会が与えられるべきだという考え方です。もう一つは「非差別の原則」です。たとえば、人が何らかの職に就きたいと考えたとき、そこには選抜があります。この選抜を行う時に差別をしてはならないという考え方です。男性か女性か、若いか年寄りかといった個人の資質によって、差別されることがあってはならないということです。
 この二つの原則が満たされていれば、その社会は多くの人に機会の平等性が与えられていると言えるでしょう。しかし現実には、そのような二つの原則が達成されていない場合が少なくありません。(p.113、強調は引用者)



「機会の平等」に関する二つの原則を簡潔にまとめているのは有意義である。

「全員参加の原則」は多くの場合、「結果の平等」とりわけ「所得や資産の相対的に平等な配分」を必要とするというのが私の考えである。「非差別の原則」は雇用の分野などにおいては「競争の激化」に伴って差別化が進んでいる。(この点に関しては中野麻美 著『労働ダンピング』が参考になる。)

 格差はどこまで認めればよいのでしょうか。この質問に対して、二つの考え方があります。一つは、格差の上層と下層の差に注目する考え方です。上層と下層の差をどこまで縮めればよいのか、あるいは縮める必要がないのか、と考える方法です。この場合、上層と下層の差に注目するので、貧困者が存在することは容認します。もう一つは、下層が全員貧困でなくなるためにどうすればよいか、という考え方です。上層と下層の差の存在を認めつつ、貧困者がゼロの世界を想定するのです。
 私の価値判断は、どちらかといえば後者の考え方を支持しています。なぜなら、すでに述べたように、貧困が増えることに大きな問題があると見なすからです。(p.151)



この二つの考え方は重要である。格差容認論者の多くは、基本的に前者の考え方に近い考えを述べる。私も橘木氏と同じく後者の考え方に近い。この考え方によれば、「格差社会」とか「格差問題」と言われていることの本質は「貧困問題」であるということである。

2005年度の派遣労働者数が前年度比12.4%増の約255万人となり、過去最多を記録している一方、派遣料金や労働者の賃金は下落しているという現状や、「ワーキング・プア」と呼ばれる人々が存在することが問題になっていることなどからも、この捉え方は妥当であると考える。

そして、「差」が問題になったのも、「上層」が目立ってきたことの他に、多くの人々が、自分の生活は何らの改善も感じられない状態でありながら、同時にじわじわと「下層」が増えてきたことが知られてきたことから未来の生活に不安を感じたことが背景にある。つまり、人々の不安の投影先が「差」にあったために「格差」が問題になったが、実際に進行しつつある「問題」は「貧困化」なのである。

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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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