アヴェスターにはこう書いている?
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ロック 『教育に関する考察』

教育で留意されねばならぬ重要なことは、どんな習慣をつけるかということです。そこで、習慣については、すべての他の事柄と同様に、貴下が永続きさせ、盛んに実行したいと思わないようなことを、新しく習慣にしてはいけません。自然の渇きが要求する以上には飲まないことが、健康と節制には適っています。(p.33)


習慣を強調しているのが本書の大きな特徴である。その背景にあるのは、理性によって欲望を自制するところにあり、理性にかなった習慣を身につけることによって無理なく欲望を抑制することができるという発想にあると思われる。



 子供たちをめったなことで叩いて矯正してはなりませんが、思うに、とくに感情的になってたびたび叱ることは大方同じくらい悪い結果を招くものです。そのため親の権威も、子供の尊敬心も失われます。というのは更に憶えておいて欲しいことですが、子供は早くから感情と理性の区別が判るものです。そして子供たちは理性からくるものに対しては尊敬を払わざるを得ませんが、同じように感情的なものはただちに軽蔑するものです。(p.105)


叱るときには叱る側が理性的であるということを、叱られる側に感得させる必要がある。

なお、ここでは叱る場面を想定しているためか、感情的なものは軽蔑されると書かれているが、誉める場合には情が深ければ深いほど尊敬と感謝が深まるということはあるだろう。



感情的に叱っていると、通常乱暴な、悪い言葉が一緒に出るもので、これは子供たちにそんな言葉を教え、正当化させるという更に悪い結果を及ぼします。(p.106)


確かに、どのような言葉で叱っているかということは感情的になっているか否かということを見分ける際のメルクマールになりうるだろう。完全にそうである、とはいわないまでも。



 しかし論証と言ったからとて、わたくしが考えていますのは、子供たちの能力と理解力に適したものだけです。誰しも三歳か七歳の少年と、大人と同じように理詰めで議論しなくてはならぬとは考えることはできません。長談義と哲学的論証はせいぜいのところ子供たちを驚かせ、頭を混乱させはしますが、教育することはできません。したがって、わたくしが子供たちは理性的動物として取り扱われねばならなぬという場合、貴下は、子供を矯正するに当ってもおだやかな態度と落着きをもってして、貴下が為すことは、貴下にあって道理にかなっており、子供たちには有益で必要であること、また貴下が子供たちになにを命じ、禁ずるにせよ、気まぐれ、興奮、あるいは思いつきからではないことを理解させねばならないということを、わたくしは言っているのです。(p.113)


子供に対することとして言われているが、相手が大人であっても、その理解力等に応じて説明をすることで、相手がこちらの主張を理解し、行為を適切にすることができるという点では違いはないように思われる。



 冗談のほかに、反駁することは、一種のあらさがしで、そのうちに躾の悪さが、しばしば現われるものです。(p.226)


なるほど。



 教育における最後の部分は通例海外旅行です。海外旅行は教育の仕事の仕上げであり、紳士の完成であると普通考えられています。(p.327)


この海外旅行は現在のレジャーとしての海外旅行と同じものではないだろうが、現在のレジャーとしての海外旅行も教育としての要素を持っており、この後の行論を読んでもかなりの程度通じるから面白い。



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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

面白い記事ですね。教育の本質はいつになっても変わらないことを我々に教えてくれる気がします。
【2014/12/15 00:43】 URL | Masaki #- [ 編集]


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