アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

李乾朗 『台湾建築閲覧』

清初施瑯曾禁止客家人入台,所以閩南人取得優勢。但一些地區顯示早期客家人偷渡入台,並且積極地開墾台灣。(p.15)


清代初期に施瑯曾が客家人が台湾に入ることを禁止した。そのため閩南人が優勢となった。しかし、一部の地区は早期に客家人がこっそりと台湾に入り、積極的に台湾を開墾したことを示している。



佛教寺廟在日治時期,數量顯著上升,蓋因日人亦多信佛,具倡導之用。(p.75)


日本人もまた多くが仏教を信仰しており、率先して提唱する(布教する?)ために用意したので、仏教寺院は日本統治時代に数が顕著に増えた。

政治と宗教の結びつきの事例の一つだろう。なお、日本統治時代には道教は逆に抑圧されたというのも別の本で読んだ記憶がある。中国の影響を断ち切ろうとすることは台湾における日本統治の一つの傾向である。なお、縦断鉄道の敷設もそうした効果を持っていたとされている。



 至1920年代適逢台灣經濟景氣良好,各地與起改築之風。眾所周知的台北艋舺龍山寺,保安宮,木柵指南宮,新莊地蔵庵,桃園景福宮,新竹城隍廟,中港慈裕宮,台中樂成宮,豐原慈濟宮,鹿港天后宮,朴子配天宮,嘉義城隍廟,台南大天后宮,武廟及鳳山龍山寺等皆面臨大修建。在大修建期間,匠師亦隨之活躍起來,除了台灣本地的匠師外,中國閩粵地區也來了不少名匠。匠界人才濟濟,互相切磋觀摩,也互相競爭。(p.84-85)


1920年代には経済状態が良くなったため建築の改修ラッシュが起こり、そこで職人たち相互に切磋琢磨や競争があったとする。



 台灣匠師如果追溯師承,當然也是唐山師父之傳人,只不過在日據之後,台灣與彰泉及粵東往來漸疏,台灣匠師得到獨立發展之機會。現在台灣匠師與中國匠師處於競爭的立場了。(p.85)


ここにも日本統治時代に中国からの影響の低下が見られる。そして、それが台湾の台湾化にもつながっているという流れがこうした建築職人の分野にも反映しているように思われる。



 回顧歷史,清代的台灣建築文化,仍然是以閩粵傳統為安心立命的根本,外來的形式雖然能為人們接受,但並未蔚然成風,只有特殊的軍事防禦工程或機械設備全盤西化;至於民間的建築仍根植於生活習俗,廳堂院落仍然是生活的場所。換句話說,西風只吹到表面的柱頭花飾,吹不到祖宗廳堂與臥室。(p.120)


まぁ、「和魂洋才」のようなものか。以前からあった建築伝統に新しく加わるような形で西洋風のスタイルが入ってきたが、台湾ではこれらをどのように折衷していくか、という傾向が強かったようだ、というのが本書を読んだ印象として残っている。今後は実物を見ながら考察していくことにしたい。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/757-05c41e40
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)