アヴェスターにはこう書いている?
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林雅行 『台湾金鉱哀歌』

台北から日帰りする人がほとんどだが、私は是非、泊まるのをすすめる。
 九份の景色は朝・昼・晩、いや2時間ごとに変化するからだ。朝もや、夕暮れ、夜景は宿泊してこそ堪能できる。特に夜景は幻想的だ。(p.19)


時間を十分取って台湾に行くときは九份での宿泊も検討したいところだ。まぁ、当面のプライオリティから言うとそこまで割くのは難しい気がするが。



 ゴールドラッシュが去っても、ゴーストタウンにならなかった街。国から援助もなく、自力で街を活性化させた九份。国の援助をあてにする日本と違う。そこで思い出したのは、イタリアのボローニャという街。文化・芸術都市として有名だ。ボローニャは、戦争後、アメリカのマーシャルプラン(欧州復興計画)を受けることができなかった。市長が左翼系だったため、対共産圏戦略としてのマーシャルプランからはずされた。街としてどう生き残るかを思案したうえ、考えだされたのは、文化・芸術都市だった。長い目で街をおこす知恵が生まれた。九份にもボローニャ的発想?(p.45)


ボローニャがマーシャルプランからはずされたというのは知らなかった。

ただ、本文の記述に対しては行政の支援を受けるかうけないかという二分法的な考え方が陥りがちな罠にはまっているという批判はしておく。ボローニャが復興したのは文化・芸術都市として町おこしをしたからだと言わんばかりだが、文化や芸術で食べていくためにはそれだけ多くの客が必要となる。市外から来る客が金を落とさなければ復興はできない。その市外から来る客は総じてマーシャルプランの復興対象ではないのか?そうだとすれば、ボローニャもマーシャルプランのプラス効果を受けていることになるだろう。逆に、マーシャルプランがなく周囲の町も復興しない中で、(金持ちが消費するものである)文化や芸術を謳ったところで復興などできまい。

「国の援助をあてにする日本」という場合の「日本」が誰を指すのか正直不明である。自治体政府なのか地域住民なのか、両方なのか、それともそれ以外の何者かなのか?日本の自治体が国(中央政府)を当てにするとすれば、それは制度が自治体が自立して行動するようにできていないからである。精神論では片付く話ではない。地域住民が国(中央政府)を直接あてにすることは滅多にない。行政の事務の約7割は地方自治体が行っていることにもそれは現れているだろう。

行政に頼らないで行動しようとすること自体は悪いことではなく、むしろ一般的には好いことだろうが、私が「罠」と書いたのは、この思考では、「依存=活力なし」「依存しない=活力がある」という図式が前提されており、依存しないでいるものが成功している場合に政府からの援助が間接的に利くこともあることや、周囲の環境との関係によって生じる利点の作用などを見落としてしまうからである。それも図式が単純すぎる上に特定の感情と結びついて施行されることが多いために思考の範囲自体が狭まってしまうため、なおさらその見落としに気づかれない傾向があるからである。



 九份は海が見える景色と昔の商店街、繁華街が飲食店、土産物店になったことで人を呼び、賑わっている。とはいえ、九份の発展の源となった金鉱跡が産業遺産として活かされているわけではない。(p.134)


確かにその通りだと思う。ただ、こうした捩じれと言うかズレは、むしろ常態的なのではないかとも思う。そして、そのように単純ではないからこそ、世の中は面白いとも言えるのではないか。例えば、北海道の空知地方(私は北海道と台湾の歴史的展開の比較に興味を持っているが、九份や金瓜石の金鉱と空知地方の石炭)にはかつて大規模な炭鉱があり、台湾の九份や金瓜石の金鉱と似たようにそれなりの繁栄を享受していた時代があったが、現在、この地方が観光的に成功しているとは言えない。産業遺産を生かそうとする試みは地域では台湾以上に盛んに行われているようにも見えるのだが、そうしたものをストレートに「売り」にしようとしても大抵の場合は、多くの人は見向きもしないのではないか。

むしろ、産業遺産に付随して発達した市街の雰囲気などが「レトロな雰囲気」などと評価されるい否かが重要になることが多いだろう。産業遺産などがその歴史的背景にあるのだとすれば、それらを活用するのはリピーター向けだろう。新規開拓がないのにマニアックなディープな世界だけを見ていてもだめなのである。



九份は私企業、金瓜石は公企業の管理下だったので、公の手で黄金博物館が整備されたのである。(p.135)


なるほど。



供給所で売っていたものは?

李彩鳳さん

種類はね、200以上だね。200種類以上よ。何でもあった。本当にたくさんあったのよ。(p.149)


金鉱の付近に日本人街があり、そこに供給所というのがあったらしい。そこではコミュニティが必要とするものがほとんどすべて揃うという。こうした形は台湾の金鉱に限らず、北海道の炭鉱でも見られたもの。金鉱と炭鉱の町はやはり似ている。このあたりは労働条件の厳しさなどとも関係していたと思われる。


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