アヴェスターにはこう書いている?
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片倉佳史 『観光コースでない台湾 歩いて見る歴史と風土』(その2)

 桃園神社は1938(昭和13)年に創建され、9月23日に鎮座式が挙行されている。……(中略)……。
 この神社が創建された時、台湾では人々の日本への同化を狙った皇民化運動が展開されていた。神社もその一環として各地に設けられた。当時、戦争に勝利するために、一人でも多くの「日本臣民」を作り上げることが急務だった。そして、総督府は信仰を通じて愛国烈士を育てようと試みた。つまり、この時代に設けられた神社は、等しく戦時体制下における戦争協力者の養成という意味合いを含んでいたのである。(p.140)


宗教は政治的なものであるとして解釈するときわめてスッキリと理解できることが多いが、これもまたその一例である。



 ここで忘れてならないのは、きわめて特殊な一部のケースを除いて、終戦前の台湾人が中国軍人の立場で日本と戦った事実はないということである。つまり、中華民国兵士として日本軍と戦った軍人を祀る忠烈祠と台湾人との関係は、きわめて薄いのである。戦前、日本は台湾の人々に神社の参拝を強いたが、それと同様に、忠烈祠も外来の統治者が台湾の人々に参拝を強要し、愛国心の修養を押しつけた現場なのである。(p.141)


台北の忠烈祠などは旅行ガイドにも大抵乗っている観光スポットになっているが、台湾の人に聞くとあまり行ったことがないような雰囲気が濃厚だと感じていたが、この文章を読んでそれが納得できた。



 台湾で唯一残った日本時代の神社。ここは、郷土の歴史を客観的にとらえようとする姿勢から残された「遺構」である。確かに、神社は植民地統治下に設けられた「負」の遺産であろう。しかし、それを「生きた教材」として活用していこうとする姿勢が、いま台湾では主流となっている。これは台湾意識(本土意識)の高揚と、言論の自由を得た時代の産物であり、民主化の下、変貌を遂げる台湾の胎動でもあるのだ。(p.143)


台湾で唯一残った神社というのは桃園神社のことである。機会を見つけて一度行ってみたい。

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