アヴェスターにはこう書いている?
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塩野七生 『緋色のヴェネツィア 聖マルコ殺人事件』

喝采されて登場するよりも、退場の後に惜しまれる君主でありたい」(p.41)


ヴェネツィアのドージェであるグリッティが元首の座に就任する際に語ったとされるセリフだが、為政者たるものは、こうあるべきという感じがする。

退場の後に惜しまれるというのは、行ったことの結果が評価されているということであり、政治においては政策の結果がうまくいかなければ、どんなに手続きや意図が良かったとしてもほとんど意味がない。全く意味がないとは言わないまでも、やはり政策の効果というものが重要である、ということを突いており納得させられるものがある。

(正確に言えば、良い政策を行い、望ましい結果を得たとしても、民衆自身がそれとは異なる政策を求める場合もあり得るのであり、人々から評価されることと政策の結果が望ましいかどうかということにも直接の対応関係はない。)

このフレーズを読んだとき、最近数年の日本の首相を取り巻く状況が思い浮かんだ。首相が交代した直後は支持率はそこそこ高いが、数か月もすると支持率は下がり始め、一度人気に陰りが出るとあとは転がり落ちるように下がっていくというパターンが見られ、まさにこの言葉とは正反対の事態になっている。




 しかし、とマルコは、確信をもってわれとわが身に言いきかせることができた。外交も、武器を交わさない戦いではないか、と。ダンドロの姓をもつ自分は、別の戦争に参加しているのだ。たとえそれが、いかに不名誉な手段に訴えてまでして集めた情報を基礎にして闘われるものであっても、戦いは戦いなのであった。
 マルコは、二階の回廊を後にしながら、このような考えは、スルタン・スレイマンには理解できないだろう、と思った。祖国の衰亡を、気配さえも感じないでいられるスレイマンは、幸福な男だ。幸福な男たちには、汚い手段も人道にはずれた行為も、非難する贅沢が許される。(p.148)


確かに、外交は武器を使わない戦争であり、戦争は武器を用いた外交であると言うことはできるだろう。

また、政治における信条倫理の問題についても触れられており、興味深い。私はあまり小説を読まないが、一般の小説を読む人はこうした叙述などから触発されることも多いのだろう、という気がする。まぁ、私は今後もあまり小説などは読まないとは思うが、普段は触れないようなものをたまに読んでみると新しい発見があり面白いものである。(当ブログにアップしている他のほとんどすべての本とは異なり、この本は同僚の方から借りて読んだのだが、こうした他人の推薦などは、視野を広げたりするのには有効である。)

ちなみに、こういう歴史小説を読んで私として頭が痛かったのは、どこまでが事実でどこからが創作なのかが十分確信をもって把握できない場合があるということであった。こんなこともあって、私にとっては小説を読む時間は落ち着かない時間となった。

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