アヴェスターにはこう書いている?
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小林正宏、中林伸一 『通貨で読み解く世界経済 ドル、ユーロ、人民元、そして円』

 基軸通貨には、価値貯蔵手段、決済手段、計算単位としての役割をグローバルに果たすことが求められる。しかし、国際収支の決済手段を海外に提供するためには、基軸通貨国の国際収支が赤字にならなければならない。国際貿易が拡大するにつれてその決済に要する国際流動性の量も拡大するので、その国際収支赤字はますます拡大しなければならない。ただ、こうして対外純債務が増大していくと、基軸通貨の対外的な価値を維持することが困難になる。これがトリフィンのジレンマと呼ばれる問題である。(p.63-64)


本書によると最近はこうした状況とはやや異なっているようなのだが、それでも決済手段として国際的に流通するためには基本的には基軸通貨国は国際収支が赤字にならなければならない傾向はなくならないように思われる。いずれにせよ、基軸通貨というものを理解するにあたって、この部分は参考になった。



変動相場制に移行すると、金融政策の観点から、資本取引を制限する必要がなくなり、資本移動はより自由になった。そして、民間の資本移動が自由になるとそれだけ、経常収支赤字のファイナンスは容易になったのである。つまり、先進国間では以前より経常収支不均衡が拡大しても大丈夫になった。(p.67)


変動相場制、貿易の自由化、資本移動の自由化、金融の自由化、これらの関係について詳しく知りたいと考えている私にとって参考になった個所。



 国際金融システムには、トリレンマ(trilemma)がある、と言われる。「資金の自由な移動」と「為替の安定」、それと「国内金融政策の自由度確保」の三つを同時に満たすのは困難、という意味である(図2-3)。(p.91)


本書はこの部分に限らず、少し簡潔すぎるくらい簡潔に書いているので、ある程度理解が進んでいる人向けというところがある。



 ここで、国際的な資本移動と為替レート、金融政策の三者の関係が問題となる。国際マクロ経済学では、①自由な資本移動、②為替レートの安定(固定相場制)、③独立した金融政策、の三つをすべて同時に満たすことはできないというトリレンマが知られている。自由な資本移動によって、為替レートが影響を受ける時に、金融政策という一つのマクロ政策手段で為替レートと国内物価の安定という二つの目標を同時に達成することが困難になるためである。通貨統合とは、共通通貨圏内で、前記①と②を選択して、③を犠牲にするという選択である。通貨統合によって、参加国間通貨の交換レートは通貨統合時の交換比率で固定され、一つの通貨になってしまうのだから、究極の固定相場制である。
 そのため、共通通貨圏内では、参加国間でマクロ経済状態が異なる場合、それを是正するために、為替調整や各国独自の金融政策を使うことができないという問題が生じる。(p.101-102)


なるほど。



ちなみに、中国人民銀行は、日本の内閣にあたる国務院を構成する一行政機関と位置付けられており、金融政策の独立性は認められていない。マクロ政策上の重要な方針は、中国共産党の指導のもとに、党の重要会議で決定される。(p.166)


中国の制度というものは、すべて最高権力者から見た不信に基づいて作られているような印象である。最高権力者の側から見た「他者」(彼らが制御しないもの)を認めない構造になっている。いわゆる共産主義なるものが、戦時体制であるとい点から見ると、それはもっともなことなのだが、その体制が現状に即しているのかというと、そうでもないように思われる。

中国がいつ、どのようにそうした体制から脱却していくのか、あるいは脱却しないのか、注目したいところである。



しかし、内需が弱いから輸出に依存し、外貨を稼ぐとそれが円高圧力となり、国際競争力を強化しようとして海外に生産を移管するとさらに内需が弱くなる。こうした悪循環はどこかで断たなければならない。この十数年を振り返ってみると、日本は頑張れば頑張るほど自分を追い詰めていったようにも感じられる。(p.211-212)


悪循環を断ち切るとして、どこでどのように悪循環を断ち切るかが問題だろう。

内需拡大ができればよいのだが、政策的にそのように変えていくというのは、そう容易ではなかろう。



家計の貯蓄の大半は、銀行預金や郵便貯金や生命保険の形で保有されている。こうした預貯金や保険料をもとに、銀行や保険会社が国債に投資しているのである。私たちの大切な貯金の安全は、国債の信用にかかっている
 国債の価値が下がれば、私たちの貯蓄が危なくなる。(p.253)


国債は家計の貯蓄が原資になっているものが多く、両者はつながっている。



先進国の中では、日本の税負担は低い方で、増税余地があることが、日本国債の格付を下支えしている。(p.254)


税負担が低いのだが、納税者たちは税負担が高いと錯覚を起こしているところに、現在の日本の租税をめぐる議論のアポリアがある。



ただ、消費税の逆進性は個人所得税の累進税率や社会保障支出による所得再分配機能とセットで考え、解消してゆけばよいのである。(p.255)


もっともな意見ではある。しかし、これらをセットで考えても、新自由主義的な政策が幅を利かせる余地があれば、結局所得税の累進性だけが後から削られることもありうる、というかその可能性は高い。その意味では、やはり消費税自体を累進的な税率にしてしまう方が良いだろう。

なお、ここで個人所得税に言及し法人税には言及しないあたりには政治的な色彩が滲んでいる感じがする。

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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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