アヴェスターにはこう書いている?
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小島毅 『靖国史観――幕末維新という深淵』

英霊は大和言葉ではない、と。
 ……(中略)……。
 もし(一部論者が言うように)靖国の祭祀が日本の古い伝統であるならば、その神様になんでまた外国語に由来する名称を与えているのだろう。(p.94-95)


一言で言えば「古い伝統」ではなく「創られた伝統」だからだろう。



敗戦条約には懲罰としての領土割譲と賠償金支払い条項があり、これが当該敗戦国にとって大きな負担となるのに対して、日本の場合にはそれがなかったというのである。そして、それには条約締結までの日本側の外交努力が存在し、その意味で条約締結の幕府官僚はきちんと任務を果たしていたことになるという。(p.112)


幕末の頃、幕府官僚は無能で現実への対処能力を欠いていたかのように描かれることが多い(例えば、比較的最近まで放送されていたNHK大河ドラマの「龍馬伝」でもそうだった)が、そのように簡単に切って捨てることは妥当ではないという。

これは加藤祐三の説として敗戦条約と交渉条約の区別を紹介しているが、このあたりはなかなか参考になった。

明治政府が比較的短い期間で不平等条約を解消することができたのも、それらの条約が中国などが西洋列強と結んでいた敗戦条約というタイプの条約ではなく、交渉条約というタイプの条約だったから、という面があったわけだ。



 幕府の無能ぶりを過度に強調することによって、明治政府は自分たちの正統性を説いたのだ。司馬遼太郎(何度も引き合いに出して、司馬ファンには申し訳ないが)の史観なども、その延長線上にあるにすぎない。靖国神社もまた、いまなお明治時代に創られた物語の圏内で、自己の物語を紡いでいるにすぎないのである。(p.113)


中国共産党が戦時中の日本軍の残虐さを過度に強調することによって自己の正統性を説くのと同じ構図。自らに十分な正統性がない場合、こうやって他者を引き合いに出して「他よりマシという形」で支持を取り付けようとすることになりがちである。

ここ数年の日本の政治の大部分が単なる政党間の足の引っ張り合いになっているのも、これらと同じパターンだろう。彼らにも何らの具体的で有効性が誰にも納得できるような政策がないという特徴があり、そうだからこそ、他の政党や党内の権力闘争相手などを非難することによって、自らの相対的な卓越性を示そうとするのだろう。


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