アヴェスターにはこう書いている?
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麻生一枝 『科学でわかる男と女の心と脳』

 現代の日本の、援助交際と呼ばれる売春も、貧しさと関係しているかもしれない。援助交際で保護される女子中高生のなかには、家庭内性的暴力の被害者が少なからずいる(吉田2001)。暴力を振るわれるので、家には寄りつきたくない。かといって、若くて経験もないので職も見つからない。そのうち援助交際という罠に落ち込んでしまう、というケースが多いのではないだろうか。家庭内性的暴力から援助交際へという負の連鎖から、子どもたちを救う仕組みを整えていくことが必須だろう。(p.85)


ありうる仮説である。

動物行動学的には「女のカジュアル・セックスのもたらす利益の1つ。それは、すぐに手に入る物質的・経済的資源」(p.84)だとされ、上記引用文はそこから敷衍して展開された議論である。



 動物個体が自分の属する集団の利益のために行動するのか、それとも自分の利益のために行動するのかという問題は、動物行動学者の間でも1960~1970年代に大きな論争を呼んだ。論争が完全終結したわけではないが、現在大多数の学者は「種の利益のために」とか「集団の利益のために」という行動は、特殊な状況以外では起こりにくいと考えている(Alock 2005)。
 そう、動物個体は自分の利益のために、自分の遺伝子をできるだけ多く次世代に残すために、利己的に行動する。他の個体を助けたり他の個体と協力したりするのは、そうすることによって、そうしないより多くの利益が得られる場合だ。(p.112-113)


人間に当てはめれば、「人類のために」とか「お国のために」という理由で自らを犠牲にするような行為はとられない、ということだ。そのようにふるまうのは、それによって自分の利益がより多く得られるときだとする。まぁ、妥当なところだろう。ナショナリズムは自然にあるものではなく、人為的に歴史的に構成された感情であるということとも附合する。



 犯罪は私たちとは別世界に住む特殊な人間が犯すものではない。私たち1人ひとりのなかに犯罪者は眠っている。同じ状況に追い込まれたなら、同じことをしてしまう可能性がある(Buss 2005)。


ワイドショーなどで「人当たりの良い普通の人でとても犯罪を犯すなんて信じられない」などと「近隣の人」のコメントが紹介されることがあるが、犯罪は特殊な人が犯すわけではなく、普通の人がある状況のもとで犯してしまうものだという理解に立てば、不思議に思う必要もなくなる、というわけだ。そして、そのように理解した方が、犯罪の抑止には役立つだろう。

ただ、その人がつながっているネットワークの状況(これは生育歴によっても左右されるという経路依存的な面がある)の違いによって、同じ状況に追い込まれても同じことをする可能性には違いが出るだろう。



 犯罪者のほとんどが男であるというのは、アメリカにかぎった現象ではない。2002年にイギリスで犯罪行為を行った者の約8割は男だ(UK Office for National Statistics)。2007年に日本で検挙された一般刑法犯(交通事故に関わるものを除いた刑法犯)の約8割(78.3%)もまた男である(平成20年度犯罪白書)。そして、日本でも殺人犯のほとんどは男だ(Hiroiwa-Hasegawa 2005、右ページ下のグラフ)。なぜなのだろうか?(p.116)


本書によるこの理由は、配偶子の大きさの違いのために、オス同士の配偶者争奪競争はメス同士よりも激しいため、ハイリスク・ハイリターンを狙う傾向があるからだとされる。こうした説明が本書では多いが、必ずしも十分な説得力があるとは思われない。ただ、犯罪を起こす人の男女比が大きく異なるというのは、興味深い現象ではある。



警察と軍隊を除けば、私たちの社会のなかでもっとも暴力的な社会集団はおそらく家族であり、もっとも暴力が行使される場所は家庭である。人は、自分の家の外で他人に殴られたり殺されるよりも、自分の家のなかで自分の家族の誰かに殴られたり殺される可能性のほうが高い」というのは、アメリカの家庭内暴力専門家2人の言葉だ(「Gelles & Straus 1985 in Daly & Wilson 1988b)。


安田雪 『「つながり」を突き止めろ 入門!ネットワーク・サイエンス』のエントリーで引用した「縁もゆかりもない遠くの他人が、自分の人生に関与することはまずない。だが、近くにいる人間は、人の人生を左右できる。近くにいる人ほど、そして、口の軽い奴ほど、怖い」という考えに通じる。

思うに、家族というのは、愛情により結び付けられているかのように語られることが多いが、それがうまく機能しないときには憎悪もまた激しくなるものであり、むしろ通常の社会のなかで最も憎悪が渦巻いている集団の類型なのではないか、というようにも思われる。


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