アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

産経新聞大阪社会部 『生活保護が危ない~「最後のセーフティネット」はいま~』(その1)

 大阪市では、職安OBの区役所配置や企業に対する就労補助など六つのメニューを用意する。プログラムを活用して就労したのは18年4月から12月までの間に714人。だが、そのうち生活保護から自立できたのは95人にとどまっている。それでも、市では「約1億7000万円分の効果があった」と、評価している。
 こうした自立支援策について、現場のケースワーカーからは「ケースワーカーが抱え込んで何もできないままでいるよりずっといい」という声が聞かれる。しかし、受給者全体の約8万4000世帯から見れば、就労自立につながった数は、悲しくなるほど少ないのが現実だ。(p.34-35)


84,000世帯のうち、714人が8か月間のうちに就労したとのデータだが、1年に換算すると約1,000人。世帯と人との単位の違いがあるが、各世帯が一人の就労可能な人を持つと仮定すると、1年間に新規就労したのは、1/84という計算になる。就労自立が95人で、これを1年分に換算すると約150人。全体からみると確かに異様に少ない。

ただ、そもそも84,000世帯のうち、約7割は高齢世帯や傷病・障害世帯だという事実を考慮しなければならない。残りの3割が母子世帯とその他世帯と概略的には考えてよいだろう。母子世帯の半分くらいは母親が精神疾患等を抱えており働けないから、就労自立の対象となる世帯は全体の20%くらいということになるだろう。そう考えると、割合的には上記の5倍程度にして考える必要があり、就労者は約6%で、自立は就労可能な者のうち0.9%に上がる。(もちろん、プログラムを活用せずに就労や自立に至る事例もこのほかにもあるはずである。自立支援プログラム活用者だけでなく全体でこんなに少ないとしたらかなりの問題だ。)

確かにあまり大きな効果とは言えないが、本当にケースワーカーだけでは打つ手がないのならば(そうだとすれば、それは相応の「処遇困難ケース」だろうし)、それなりの効果があるとも言える。細かな実態を見なければ(本書の記述だけでは)評価は難しい。



 職安では仕事を探したい人が必死に仕事を探していくが、ここでは、「働けるんだから働くことは大切だよ」と説くところから始めなければならないというのが古久保さん(引用者注;大阪市の就労支援員)の感想だ。なかには生活保護で無料になる医療費を考え、「生活保護が打ち切りにならない範囲で働いている」と打ち明ける受給者もいる。
 ……(中略)……。
何で仕事をしたくないのかさっぱりわからん。国が悪い、隣のおっさんは遊びながらええもん食ってる。そんなことばかり一生思いながら生きいくんか……」(p.35-36)


生活保護受給してしまうと、受給者の就労意欲は劇的に萎える。大抵の者は2-3か月もすると「いかに働かずに保護費だけを貰おうか」を考えるようになる。もちろん、保護から早く自立したいとして、すぐに仕事を探して見つける者もいる。しかし、それはどちらかというと少数派に属すると見てよい。そういう気概がある人は周囲からも見放されることはなく、生活保護を受給するに至る前に何とか救いの手が差し伸べられるし、その選択肢に自ら気づき、選んでいくことができる。しかし、そうでない者が社会からはじき出され、保護へと逃げ込まざるを得なくなっていく。残念ながらこのような状況が現実のようだ。

このように書くと、何となくダメな奴はその人が悪いからだ、と言っているように思うかもしれないが、もちろん、これは個人の責任とは言い切れない。(ただ、社会科学ではこうした場合、「社会」の側の問題を指摘する方向に傾くのだが、だからと言って個人の責任がないと言うこともまた言い過ぎではある。)

制度的な要因や実施体制の問題としては、現場における就労指導の体制がどの程度確立しているかということが挙げられるほか、引用文に示されているように医療扶助や各種減免措置など保護受給者にはないメリットが多すぎて、保護受給中と保護廃止後の劇的な変化に対する不安が一旦保護を受けた者にとっては、そこから抜け出していくことをためらわせる要因となっている点は否定できない。(まだ他にもいくらでも挙げられるだろう。)

この意味からも、私は生活保護は生活扶助に限定すべきであり、その他の現行の7つの扶助はそこから切り離し、別の制度にすべきだと考えている。たとえば、教育扶助は就学援助に組み込むか同じ制度として一つにまとめてしまえばよいし、住宅扶助は公営住宅のあり方など、その他の住宅施策全般の中に位置づけなおされるべきであり、医療扶助は当然に医療保険制度の中の所得が最低レベルの人々に対して大部分を公費により負担することで医療の利用を保障する制度として再編されるのが望ましいということだ。

さて、引用文の最後の就労支援員のコメントに対する私の意見を述べておく。後半の部分には大いに共感する。ただ、なぜ保護受給に至った彼らが働こうとしないのか、という点に関しては、就労支援を仕事にしているならば、もう少し理解を深める必要があるのではないか、と考える。これについては更に言うべきことがあるが、この場では差し控えておくことにする。



 札幌市が18年12月に行った実態調査では、年金担保貸付を利用していた生活保護受給世帯88世帯で、借金の総額は1億3000万円にのぼっていたことが明らかになった。(p.87)


ひどい話である。



「受給者たちの生活に熱心に入り込もうとする職員ほど、現実に裏切られることも多く、早く燃え尽きてしまいがち。むしろ、受給者たちと一線を引き、事務的に物事を進める職員の方が案外、長続きすることが多い。そんな矛盾があります」と、ケースワーカーの一人は打ち明けた。(p.105)


ケースワーカーは激務なので敬遠されるという話はよく聞くが、取り組みによって業務の負担は相当違いが出るというのもまた事実である。

前者の燃え尽きてしまうというのは、最近読んだ河本英夫の『飽きる力』(近々このブログにもコメントをアップする予定)によれば、「筋違いの努力」を続けてしまい、仕事に「飽きる」ことができなかったため、より高い次元へと仕事の作動を変えていくことに失敗した事例ということだろう。ケースワーカーに限らず、見られることではあると思うが、この業界では他の業界と比べて「現実に裏切られる」ことが相当多いので、次々と状況に応じて「生成プロセス」を変えていかなければ、筋違いの努力を続けてしまいやすいということだろう。





スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/729-1e15a619
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)