アヴェスターにはこう書いている?
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小熊英二 『インド日記 牛とコンピュータの国から』(その5)

そしてインド社会では、プニマ夫人のような上層カーストの人が、下層カーストのボート屋家庭に招かれ、気楽に話し合うことはむずかしい。しかしおそらく日本でも、中卒者と東大出が気楽に話す状態になるのはむずかしいだろう。どこの社会でも、人間は「上層と下層」とか、「男と女」とかいった固定された位置というものを持っていて、それによって分断されている。ラジューやアンカールだって、雇い主のラジブ夫妻には近づきにくいだろう。
 だが、既存の社会の枠組みに当てはまらない「変な外国人」を前にしたとき、人はその固定された位置から開放されるのではないか。(p.257)


日本ではインドについて「カースト制度」という差別的な制度があり、日本とは違う、という見方がされることが多いが、日本にもそれと同程度に強力だが、見えにくい差別なり障壁が存在することを指摘している。ある意味、見えにくい分だけ対処の方法を考えることも難しい面があるとも言える。

「変な外国人」のような既存のカテゴリーに当てはまらない異質なものが介在することによって、既存の社会的ネットワークの中での振る舞いとは異なる現象が起こりうるとする指摘は鋭い。



くりかえしになるが、見様見真似でも村人がつくれるほど技術ギャップが小さかったのだ。今の途上国に、それは望めない。(p.273)


明治の日本が欧米にキャッチアップしていったことと比べて、現代の「途上国」が置かれている状況は技術ギャップが大きいことも一因となって、当時の日本のような順調な発展は難しいとする。

興味深い指摘ではあるが、いつの時代も高度の技術や知識を持っているのはごく一握りの人であって、その人びとの知識やノウハウが以前(ブレトン・ウッズ体制の時代)よりも容易に移動できる状況になっているため、現在は「新興国」が急速に経済成長できるようになっているように思われる。



インドでは計画通りに行動しようなどと考えるより、出たとこ勝負で楽しんだほうがはるかによい。(p.351)


なるほど。確かにそうかもしれない。



日本の卒業式で歌われるものといえば、お堅い内容の校歌か、文部省唱歌と相場が決まっている。まちがっても、「姑の歌」とか「出稼ぎの歌」が歌われることはあるまい。近代日本では、学校は何よりも中央政府の出先機関で、近代文化を地元に浸透させるための場所だったから、学校文化と地元文化は完全に切断されていた。運動会や卒業式は「儀式」として、文部省公認の歌だけを歌い、完璧を期して行われるべきものだった。しかしここでは、学校文化は地元文化の一部なのだ。(p.366)


近代日本の学校の位置づけが鋭く指摘されている。



滞在の最初と最後に同じ場所を訪れるというのは、自己の感覚や印象のいい加減差を確認するうえで、けっこう有効な手段だと思う。(p.374)


なるほど。確かにそうかもしれない。



ただ、人びとが自分の状況を表現する手段を持たずに苦しんでいるとき、鬱積したエネルギーを放出する回路をつくる手助けをする。(p.381)


昨今の日本の社会は、その状況を表現する適切な手段を欠いている状態であり、そのための言葉を必要としていると思われる。



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