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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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小熊英二 『インド日記 牛とコンピュータの国から』(その2)

 思うに、日本での学歴は、インドでのカーストと同じくらいの拘束力を持っている。日本では、インドでカースト間の結婚や交際が少ないと聞くと、「差別があるんだな」と感じる人が多いだろう。しかし日本でだって、大学出の女性が、中卒の男性と結婚しようとしたら、まずまちがいなく家族から大反対されるはずだ。それ以前に、学歴のちがう者どうしは就職場所も生活範囲もちがうから、まず出会うチャンスがない。出会ったところで共通の話題もないだろうから、交際も当然少なくなる。インドがカーストで輪切りにされた社会だとすれば、現代日本は学歴や会社名で輪切りにされた社会だ。(p.67)


確かに学歴は強い拘束力を持っているように思われる。ただ、これは日本に限らないだろう。



ラジブ氏もそうだが、若いときに日本によい印象をもってもらうと、数十倍になって帰ってくるといえる。(p.76)


印象の持つ影響力は侮りがたいものがある。観光などイメージが重要な分野ではこうした側面は見落とせないだろう。

ただ、思うのは、日本に来た外国人が日本の人から親切にされた場合に、親切にしてくれた某氏の印象が良くなるというだけでなく、その某氏が所属していると見なされる集団のイメージも向上するというのは、ある意味では不思議である。



 これに関連していえば、インドの知識人や映画はほんとうにまじめだが、時に表現がストレートすぎて芸術としては味が足りない感じがする。その点、発展途上国でもイランや中国の近年の映画には微妙な味わいのものが多いが、先日ラジブ氏とその点を話していて出した結論は、政府の検閲のせいだろうということだった。イランには子供を主人公にした映画が多いが、直接に社会批判をやると検閲にひっかかるため、子供の目を通して貧困や社会問題を描くのである。こういう具合に表現が間接的なので、そこがヨーロッパや日本の評論家に評判がよい一因になっているのだろうと。言論がより自由なインドの映画などのほうが、こうした「芸術的繊細さ」から遠くなっているのは皮肉である。(p.86)


興味深い指摘である。

ただ、映画の場合などは確かに著者の指摘するとおりかもしれないと思うが、コンテンポラリー・アートの作品などでは中国のものよりインドの方が面白いというのが私の印象であり、言論や表現の自由と芸術の卓越性の関係は分野などによって変わる面があるように思われる。



 なぜ高等教育が英語なのか。日本は植民地化されなかったため、日本語で近代化を行なった。ところが宗主国語で理科系・文科系のテクニカル・タームが整備されてしまった旧植民地諸国では、翻訳語をつくるより英語で講義をしたほうが便利な場合も少なくなかったのである。(p.90)


植民地の痕跡。ただ、英語で話ができる人が多くなることがプラスに機能する面もあるが。



途上国の知識人が英語を話せるのは、植民地化の遺産であると同時に、文字通り「知識人と大衆がまったく違う言葉を話す」という格差の一例なのだ。(p.90)


妥当。



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