アヴェスターにはこう書いている?
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中里成章 『インドのヒンドゥーとムスリム』

そもそも、インドの中世で興亡を繰り返した王朝の支配層が、ヒンドゥー王朝とかイスラーム王朝とかいうような自己認識をもっていたかどうか疑わしい。王朝を宗教によって二分し、両者が敵対し抗争していたかのようにみる視角は、<近代>になってイギリスが持ち込んだものにすぎない。
 ……(中略)……。時代的・地政学的な条件を共有していた以上、王朝の支配者が異なる宗教を奉じていたからといって、異なる支配体制をもつようになる必然性はなかったと考えられるのである。(p.17-18)


全く同意見である。

この観点から見たとき、インドへの「イスラーム勢力」の侵攻がなされたガズナ朝やゴール朝の時代やデリー・サルタナットの時代などの歴史叙述には違和感を感じることが多い。というのは、ラージプート諸侯たちが共同して外敵であるイスラーム王朝に対抗「しなかった」ため、イスラーム王朝がインドで成立したという図式で語られることが多いからである。

確かに、ラージプート諸勢力は「イスラーム王朝」を共通の敵とは見なさず、互いに抗争を繰り広げていたのはその通りであろう。しかし、彼らに「侵入者」の支配層がムスリムであるという理由で隣接しながら敵対しているラージプート勢力と手を結ぶ必然性(理由)はない。むしろ、イスラーム王朝に「共同して対抗しなかった」という記述は事実であるが、このような記述のほとんどには「本来は当然、共同して対抗すべきであったのに」という価値判断が前提されており、その判断自体が今日のインド亜大陸の「統一」(現在の国民国家としての「インド」の領域が一つにまとまること)は当然であるという観念が暗黙のうちに想定されているように思われる。

(括弧をつけた「侵入者」という表現自体、「インド」を中心として、そこが一つのまとまりをなしているという前提に立った表現である。ラージプート諸侯にとってはそれぞれの支配領域が「国」だったはずであり――もっとも、それも現在のような「領域国家」ではなかったが――、その外から来るものはすべて侵入者であり、「インド」の外から来ようが、隣の土地から来ようがある意味では同じであったと思われる。歴史を書く人には、現在の情勢を過去に投影するアナクロニズムにはもう少し自覚的であって欲しいものである。)

これはイギリスなど西欧諸国がインドに来て植民地化が進展していくことについての叙述にも、似たようなものがしばしば見られる。

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