アヴェスターにはこう書いている?
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粟屋利江 『イギリス支配とインド社会』

つまりシャーストラおよびヴァルナによる区分は、ヘイスティングズの規則を介して、イギリス支配下ではじめてヒンドゥー社会に普遍的に適用されたといえる。このことはバラモン的な価値観が優位な地位を与えられたことを意味した。また、イギリスが導入した「近代的」な司法機関の判例によって、古色紛然としたヒンドゥー法の規定が固定化することでもあった。(p.7)


シャーストラとはヒンドゥー法のことで、ヴァルナ制とはバラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラといった位階秩序のこと。こうしたものがインド亜大陸全域に適用され、固定化されたのは、イギリスの支配下においてであった。

ヘイスティングズの司法規則とは「相続、結婚、カースト、その他の宗教的慣習にかかわる訴訟においては、マホメタン(ムスリム)にたいしては、コーランの法を、ジェントゥー(ヒンドゥー)にたいしてはシャーストラの法(ヒンドゥー法)」(本書p.5)を適用するという規則である。

近代国民国家の政府は域内を均質化しようとする強い志向性を持っているが、植民地にもそれは及んだようである。



ただ留意すべきなのは、「サティー」がインドの全域で、あらゆる階層の女性によって古来よりおこなわれてきたわけではない、という点である。十八世紀の末には、イギリス支配のおひざもとであるベンガル地域の上位カースト、とくにバラモンのあいだにとくに集中してみられた。(p.21-22)


サティーという「インドの習慣」もまた、「創られた伝統」である。



ある研究者が表現したように、イギリスの政策は「分割統治」というよりも「均衡統治」というのが相応しい。(p.43)


この指摘はイギリスのインド統治を見ていく際には念頭に置いてみる価値があると思われる。



 イギリス支配がなかったならば、今日の「カースト」「宗教」状況はなかったろうというのではない。しかし、今日われわれの目の前で展開される「カースト」的、「宗教」的な諸現象を、インド古来からの「遺制」、「残留物」と短絡的にとらえるのではなく、ごく近い過去……「近代」……に再構成され、また今現在も再構成されつつあるなにものかである、という認識が求められているのである。(p.80)


同意見である。そして、人の認識の常として、ある対象を知らなければ知らないほど、その対象を固定されたものと考えがちになるという傾向があるため、「わかっている」と思うのではなく「知ろうとする姿勢」が認識者の側には常に求められる。

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