アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

山下博司 『ヒンドゥー教とインド社会』

ヴェーダの宗教儀礼は供犠(ヤジュニャ)を中心としている。祈祷のさいには、警官が祭詞を朗読しながら供物(農作物、畜産物、生贄など)を祭壇の火炉に投じた。祭祀も、感謝とか敬虔な信仰心に動機づけられたものというより、なんらかの具体的目的や期待を込めておこなわれ、神と人とのあいだにギヴ・アンド・テイクの関係が成立している。この点で、のちに発達するヒンドゥー教とは趣を異にしている。(p.20)


私の持論として「宗教とは政治的現象である」というのがある。こうしたある意味では原始的とも言えるような宗教の様態からも、人々が政治に期待していることと共通していることを見て取ることができると思われる。



自由闊達な雰囲気を受けて、思い思いの説を唱える数多くの思想家が登場してくる。彼らは、世襲的な聖職者である「婆羅門(ブラーフマナ)」にたいして、「努め励む人」をあらわす「沙門(シュラマナ)」と呼ばれ、修行にいそしんだり、民衆に自らの見出した真理を説いた。当時は、どんな説を唱えても罰せられることはなかったらしい。言論・表現の自由が広く認められていたのである。比較社会学者マクス・ヴェーバーは、このころのインドについて、近代ヨーロッパと比較しつつ、人類史上まれにみるほど思想信条の自由を享受した時代として評価している。(p.28)


仏教やジャイナ教が成立した紀元前6~5世紀頃のことを指していると思われる。



 「バクティ」とは、神への献身的な帰依の心情をさす語で、日本語ではふつう「信愛」と訳される。ブラフマン=アートマンについての明知やヴェーダの祭式によらなくとも、熱烈な帰依の情をもって、あたかも恋人にたいするように神を愛し念じれば、救済がもたらされるとする教えである。聖典に通暁し、知覚や感官を対象から遠ざけて自己に没入し、絶対者を念想するという従来の方法にたいし、情緒や感覚を総動員して一身に最高神を愛し、それにより神の恩寵(プラサーダ)をえようとするのである。ここでは、神は、世界の創造・維持・破壊を司る存在というより、人びとを救済する者としての側面が強調されている。(p.40)


知識人階層に受容される傾向がある主知主義的な神学では「原因」や「絶対者」としての神が重視される傾向が強いが、一般の民衆に受け入れられる傾向があるバクティ信仰やイスラームのスーフィズムなどのような信仰の系譜では、より感覚的なものが重視され、神は救済者として立ち現れる傾向を示す。一般の民衆は教育水準が低いことや相対的に抑圧されている(社会的地位が低い)ということが、こうした傾向の背景になるのだろう。



 バクティ的なヒンドゥー教が、仏教・ジャイナ教をみるみる圧倒し、宗教史上の大きな転換を可能にした一因として、寺院の建築様式の変化を指摘することができる。ヒンドゥー教建築が積極的に「石積み寺院」の様式を採用したことで、思い思いの場所にヒンドゥー寺院を構築できるようになったのである。それまでの宗教施設は、石窟寺院(摩崖を掘って造ったもの)や岩石寺院(岩塊を彫り出して造ったもの)が多く、したがって造営できる場所もおのずと限られていた。(p.47)


寺院の建築様式の変化がバクティ的なヒンドゥー教普及の際に役立ったとする意見は興味深い。これは役立ったとは言っても積極的で必要不可欠な要因として機能したというよりは、普及を妨げない方向の環境を作ったというような背景的な要因として機能したものと思われる。ただ、こうして随所に寺院が建設されることによって、各地を結ぶネットワークの拠点ができたのだとすれば、それは普及の際には有力な力になっても不思議ではないと思える。



 こうして、「バクティ」は全インドを席巻する大きな宗教運動に発展するとともに、地方語・地方文化の確立にも寄与していく。ここで注意すべきことは、民衆的な「バクティ」の普及・拡大が、とくに北インドにおいて、イスラームの勢力伸張の時期(十三世紀以降)と符合していたという事実である。ヒンドゥーとイスラームの宗教文化が、対抗しつつも相互に影響をおよぼし合い、やがて融合的・混淆的・普遍主義的な思想をも育むことになる。(p.48)


バクティとスーフィズムは共通の背景の下で当時のインドの社会に受け入れられていったようである。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/703-9f650aee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)