アヴェスターにはこう書いている?
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中村岳志 『インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け』

 ここでヒンドゥー・ナショナリストの巧みな点は、ヒンドゥー的価値の回復を主張したり、様々な魅力ある活動を展開したりするだけでなく、その時々の状況に応じて非難のターゲットとする明確な敵を(陰に陽に)提示し、自分たちこそが様々な被害者であることを訴えることにある。
 ……(中略)……。そこでは、主張を支える科学的史実や論理的根拠はほとんど提示されず、人々のアモルフ(不定形)な感情を掴むための巧妙なレトリックとキャッチコピー化された軽薄な言葉の群れだけが羅列されている。(p.73)


この指摘はナショナリストの言説一般に当てはまると思われる。

ナショナリズムの感情はそもそも「敵」なしには存在しえないといっても良いと私には思われる。



ヒンドゥー・ナショナリズムは厳密な思想体系などではなく、広告的コードであるが故に、多くの人々に対する強力な浸透力を有しているのだ。(p.88)


ナショナリズムは思想体系ではないという点には完全に同意する。「広告的コード」であるとする点についてはナショナリズムの一面を的確に捉えていると評価したい。

単なる広告的なコードであればナショナリズムほどの強力な浸透力が生じるとは思えないからである。あるアイデンティティを共有しているとされる人々にとっての利害についての認識およびそこから生じる感情が常にベースにある。その感情は常に否定的なものであり一言で言えば「被害者意識」である。そのために「敵」が必要とされ、その敵やアイデンティティを共有する範囲を指定し、人々に認識させるのが「巧妙なレトリックとキャッチコピー化された軽薄な言葉の群れ」である。こうして次々と連鎖的に強化されていくのではないか。

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