アヴェスターにはこう書いている?
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神谷武夫 『インド古寺案内』

 そのカジュラーホ様式は、彫刻的建築としてインドの建築の性格を最高度に表現している。壁面がおびただしい数の彫像で飾られているだけでなく、建築そのものが一個の彫刻作品のようで、ポーチから聖室へと並ぶシカラの連なりは、ヒマラヤをシンボライズしたものといわれる。シカラは小シカラの積層からなり、細部の独立性の高さということが、インド建築のもうひとつの性格である。ただ、外部の豊かな彫刻性に比べると、内部空間はいかにも貧弱である。外観を偉大にみせているシカラの内側は屋根裏にすぎず、実用的には必要のない彫刻的飾りなのである。インド人がつねに内部よりも外部の表現に意を用いた。ヒンドゥ教は集団礼拝をしないので大きな内部空間を必要としなかったのも理由のひとつだが、木造建築ではじまったインド建築が大空間のためのアーチやドームの構造を知らなかったことも、貧弱な内部空間の原因である。(p.52-53)


建築は「見る」よりも「空間を体感する」ことが重要であり、それによってその建築のすばらしさが分かるというのが、私のこれまでの経験から形成されてきた建築観だが、これはゴシックの教会堂やパンテオンやイスラームのモスク建築などを主として見てきたことが大きな要因になっているように思えた。インドの建築を近々見て来たいと思っているのだが、それによって自分の考えが相対化されてくるとまた面白いことになりそうな気がする。

「空間を体感する」というスタンスは京都などに行ったときに日本の寺社でも通用したし、本格的なバロック建築などを楽しむにも有用なのだが、中国や近代建築とは相性が悪いらしく、これらをどのように認識すべきかというのが、私の中の課題としてある。その意味でインドの建築から何かヒントを得られれば良いと思う。



 ベンガル地方では雨季にしばしば豪雨にみまわれるので、雨を早く流れ落とすために、民家は屋根の四隅が垂れ下がった局面屋根をしている。これを寺院建築にも取り入れたので、他の地方には見られない寺院形となった。これをバンガルダール屋根と呼ぶが、ベンガルを征服したイスラム政権のムガル朝がこれを持ち帰ることで、デリーや西インドのイスラム建築に影響を与えることになる。(p.64)


建築の形態のうちで、屋根は雨との関係が深いように思う。日本の古寺の屋根がやたらと大きくて勾配が急なのも、雨が多いことと関係があるのだろう。



デリーのスルタン朝時代の建築は、インド人が外来の技術を摂取して、しだいに自家薬籠中の物にしていく歴史であったといえる。(p.92)


こうしてカジューラホ様式のような貧弱な内部空間は、アーチやドームの技法の導入によって変化していく。



 実際にはこの宗教は普及せず、その寺院も建てられはしなかったが、彼のそうした意図は「アクバル式」と呼ばれる建築様式によくあらわれている。インドの伝統的な建築(石造でありながら木造的な柱・梁構造による彫刻的な建築)と、西方のイスラム建築(アーチとドームの技術による内部空間重視の皮膜的建築)とを融合させようとしたので、世界に類を見ない独特なイスラム建築を発展させたのである。(p.101)


ムガル朝の時代になるとイスラーム建築と土着のインドの建築を融合されることになる。タージ・マハルなどもそうした中に位置づけられる。


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