アヴェスターにはこう書いている?
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広瀬崇子、近藤正規、井上恭子、南埜猛 『現代インドを知るための60章』

インドの歴史は、選挙過程を通して、エスニック集団やカースト・グループのアイデンティティが次第に強まってきていることを示している。(p.22)


政治的アイデンティティは「利害についての認識」を基礎の一つとしている。ある人が、ある他人やある集団と自分の利害が一致していると考える時、その他人やその集団との間に共通のアイデンティティを共有していると考える傾向が生じる。選挙という仕組みは、こうした利害関係に関する意識を高める効果がある。

インドの場合、これがヒンドゥ・ナショナリズムの高まりの(最重要とは言えないにせよ)一つの条件となっているようである。



 西ベンガル州の左翼戦線政府は現在、工業開発重視を訴えている。1970年代、80年代にかけて、左翼戦線政権下で中央からの財政支援が滞り、労働争議が頻発し、大企業がこぞってコルカタから拠点を他州に移し、「西ベンガル州の地盤沈下」と称された苦しい時代を経た。そのことから、工業を将来の経済発展の鍵と位置づける政策意図はわかるものの、共産主義イデオロギーを掲げてきた政党の政策としてはすんなりとは受容されず、批判の対象となっている。政権党として志向せざるをえないものとイデオロギーとの相克は、CPMの存在の拡大に伴って生まれる大きなジレンマである。(p.77)


イデオロギー政党一般の弱点を示しているように思われる。

政権を運営するということは常に変化する現実に対処することを求められることを意味する。イデオロギーを標榜する政党は、その標榜するイデオロギー――それは文字面の上では不変である場合さえある――によって拘束され、そこから外れるだけで(現実への対処としては的確であった場合でさえ)批判される。

2010年の日本の社民党の連立政権離脱とその後の分裂傾向もこうした要素があるように思われる。

中国共産党はこの点で興味深い。一方ではイデオロギー政党でありながら他方では政権党であり続けている。実質的な一党独裁であり、批判を封じ込めてきたために、政権の維持が可能であったと思われる。また、経済的に貧しかった時代について言えば、全般的な教育水準の低さのためにイデオロギーに対する理解が広がっておらず、一般の人々からの批判が生じにくかったこともあるのかもしれない。経済が発展した後はイデオロギーは共産主義的なものではなく、「国家」の統合を目的とするナショナリズムに重点が移ったため、国内的にはあまり問題が生じにくい構造となった、ということか。いずれにせよ、中国共産党の場合は比較対象や交代の候補が国内に存在しないことがこのジレンマを小さくしているように思われる。



 インドの製造業はなぜ国際競争力がないのか。
 ……(中略)……。一方、インドでは製造業輸出に占める外資企業のシェアは、90年代初めの3%から現在でも一割未満の水準にとどまっており、大きく増えていない。この背景の一つには、インドのインフラの整備の遅れだけでなく、外資を国内資本と比べて優遇しないというインド政府の基本方針がある。このことは、中国やASEAN諸国でのビジネスに慣れた日本企業にとって、大きな不満となっている。(p.136-137)


政策が経済の展開に大きな影響を与えている一例。政策自体の成否というより、環境と政策との適合性の問題。



一方、初等-セカンダリー段階の教育は州の管轄事項とされ、州の社会政策のあり方によって教育普及に大きな格差が生まれた。(p.230)


「地方分権」の弊害。日本の地方分権論者は「地域間競争」によってよくなっているわけではないという現実を知るべきである。

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