アヴェスターにはこう書いている?
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岡本哲志+日本の港町研究会 『港町の近代』

 ただし、無闇に歩いてしまうと、街がそっぽを向き、不機嫌に私たちを拒絶する。各々の都市に合った歩き方がある。街歩きの経験を積むと、どことなく街自体が私たちに話しかけてくるかのように、都市のツボを教えてくれるものだ。街の歩き方を間違えなければ、街に同化できるし、思いもかけない空間との出会いも用意されている。訪れた都市を知るには、まず歩き方が大切になってくる。(p.19)


都市を知るには歩き方が大切というのは、そうだろうと思うが、これを具体的な方法を一般化することはかなり困難であるようにも思われる。ある程度までの一般化はできるだろうが、最後は経験とか勘のようなものに頼ることになりそうである。

ただ、歩き方を考えるという問題意識を持ちながら歩くというだけでも、何もないよりは大きく違ってくるのであり、むしろ、そうした問題意識を持つことこそ重要であるように思われる。



 通常の港町であれば、街のすぐ近くに港があり、これらが渾然一体となって、港町独特の雰囲気となるのだが、小樽はそうではない。港と街が分離するように北西に発展した。それは、水天宮のある小山の急傾斜が立ちはだかっていたからである。(p.73)


明治30年代頃の市街の展開は、入船川の下流(現在のメルヘン交差点周辺)から稲穂(現在の小樽駅の方面)や色内(現在の北のウォール街など)の方面に向けて展開して行くが、その際、水天宮より海側の堺町や港町と山側の山田町・花園町などで機能分化しながら市街地が展開して行ったとされる。海側は大量の物資を納める倉庫機能が残るが、山側は個人商店の店倉などが多いところに、それが表われているという。なかなか興味深い指摘である。



急速に変化する時代の流れに間に合わず、小樽という都市の完成を目前に第5発展期は幻に終わる。それをよく示しているのが、小樽駅の駅前の通りである(図53、54)。海と陸の異なる二つの性格を持った小樽の接点となり、また駅と運河をつなぐべき駅前通り沿いの街並みはこれといった近代建築を見かけることもなく、成熟しきれないまま現在に至っているからだ。駅前通りには、昭和初期に建てられた優れた近代建築の駅舎が、通りのアイストップに位置しているだけである。(p.87)


鋭い指摘である。確かに、小樽の経済の発展が第二次大戦中からそれ以後も続いたとすれば、このエリアは現在よりも遥かに活況を呈していてもおかしくない。今後の開発という点から見ると、ここに一つの栄えたエリアにしていくことが都市の振興という観点からは重要かもしれない。しかし、その前段として半端な広がりを見せている商店街との関係など見直すべき点は多いようにも思う。



 経済学や社会学の視点からすれば、歴史的な街並みの再生において、大都市圏とは言わないまでも百万に近い都市規模を持つバックグラウンドが近くにあるのかどうかが、成功の決定的な要因であるという。確かに、気軽に訪れるリピーターがいるかが気になるところだ。それは、札幌を背景に持つ小樽の観光都市としての賑わいに対する函館の劣勢を意味している。(p.199)


なるほど。確かに歴史的な街並みの再生という点からすると近くにそれなりの規模のある都市があることが望ましいように思われる。ただ、この環境は若年人口の流出をも加速する構造であり、その意味では中期的には衰退への道を辿る可能性もかなり包蔵していると考えなければなるまい。実際、小樽の高齢化が北海道の他の都市より進んでいるのは、こういった事情による部分が大きいからである。


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