アヴェスターにはこう書いている?
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金唐紙研究所 『金唐紙』

江戸時代に確立した擬皮紙の技術を応用して、明治期には壁紙商品として国内外でもてはやされた「金唐皮紙」は、大正から昭和にかけて次第に需要が先細り、20世紀半ばには生産がとぎれ、金唐皮紙の手の技はいったん完全に忘れ去られた。戦後、幾度か再現が試みられたが、挫折が続いていた。その百年前の手仕事の復活に正面から取り組んだのが、上田尚である。
 きっかけとなったのは、旧日本郵船株式会社の小樽支店の壁紙の修復であった。(p.8)


この件に関しては旧日本郵船小樽支店に関するブックレットで読んだことがある。



 金唐皮紙は日本の伝統文化にない壁紙というモノの形を積極的に取り込んでいるように、日本側の殖産興業の戦略上、そもそも西欧への同化が前提だった。そして自然をモチーフにした金色の模様の豪華さは、日本に限らずアラブや中国といったオリエントの要素をどん欲に吸収していた当時のヨーロッパの風潮にうまく符合した。金唐皮紙はまた、「近代」という西欧の文明尺度の表象でもあった。……(中略)……。金唐皮紙は、ジャポニスムというエキゾティズムと近代的な理性をともに満足させる商品だったのである。(p.16)


当時の西欧諸国のオリエンタリズム、ジャポニスムによる需要があり、金唐皮紙は当時の日本の側からのその需要に対応した商品であった。当時の世界経済の商品連鎖の中に日本のエリアが組み込まれるにあたってのリアクションの一つがこの金唐皮紙の発明であったといえよう。



このように、日本の建築学の学生たちはコンドルから、そして間接的には彼の師バージェスからイギリスにおけるジャポニズムの潮流を体験し、そこで脚光を浴びていた金唐皮紙をあらためて日本の近代(西洋)建築にあてはめていったのである。ジャポニスムはイギリス経由で日本に取り入れられ、日本の西洋化の表象を助けたのである。(p.26)


逆輸入という形で日本に普及したこと。



 金唐皮紙を建築に用いること、それは西欧にとってはジャポニズムを満足させる、「日本らしさ」の表象を意味していた。同時に、日本にとってそれは、西洋のスタンダードに達したことを誇示することのできる製品でもあった。日本は西洋化として、西洋は日本的なものとしてこれを受けとめる。ローカルとグローバルの二重のレベルで、エキゾティシズムが作用していたのである。(p.28)


上でも述べられていたことを再度要約した箇所。


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