アヴェスターにはこう書いている?
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鹿島茂 『デパートを発明した夫婦』

ただ現在なら、こうした値引き交渉がいやなら、ほかの店にいくとか、正価で売っている店にするとか、これを避けて通ることはいくらでもできるが、当時はほかの選択肢は存在しなかった。
 というのも、その頃はパリ市内でも、交通が不便だったうえに、歩道も整備されていなかったから、高価な自家用馬車を有する上流階級以外は、買い物といっても、歩いていける区域にかぎられ、近所に一軒だけしかない店で必要最小限のものを揃えるほかはなかったからである。そのため、商店同士の競争というものはほとんどないに等しく、当然、店には客を呼び込むためのディスプレイや顧客サービスも存在していなかった。(p.16-17)


交通や情報の流通の状況と正札販売との関係。交通状態が悪いと正札販売をする必要性は低く、個々の買い手と値引き交渉することが売り手にとって有利であり合理的となるが、交通や情報の状態が良くなるとその方法を用いても他の店での価格と同じまで下げる必要が出てくるため、売り手にとってそれほど合理性がなくなるというわけだ。それなりの説得力がある。

ただ、中東のバーザールやスークなどでは同業者が集まっているためその中での競争はあるように思われるのだが、それでも値引き交渉が現在まで残っている。中東でもアクセスや情報の流通はそれなりに高まっているのに、それがなくならなかったのは興味深いものがある。

ただ、中国では最近、交渉により物を買う場が急激に減っており、まさに19世紀後半のパリと似た状況になっていておもしろい。1991年に刊行された本書を2010年に読むと、19世紀後半のパリと20世紀の初頭から80年代頃までの日本、そして、21世紀初頭の中国の状況がいずれもかなり似ていることが見えてきて興味深い。日常の最低限の生活必需品以上のものを購入できる余裕がある、それなりの購買力がある社会層が登場し、中流意識が徐々に浸透し、社会の経済状態が向上していくという信頼感が社会にある中で「一歩上の消費」が繰り返されるサイクルができてくるという流れ。



ここでもまた、ライフ・スタイル、しかもトータル・プランに基づくライフ・スタイルという戦略が、欲望の全面的解放の旗振り役となる。
 すなわち、理想的なアッパー・ミドルの生活を隅々にいたるまで実現するには、これこれの家具や食器類を揃え、これこれのカジュアル・ウェアを身につけ、これこれのヴァカンス用品を購入しなければならないというように、具体的なライフ・スタイルを中産階級の消費者に教育してやる必要があるのだ。(p.105)


こうした供給者側からの消費者教育があるということは、昨今の中国の街などを歩くと感じられる。中国の都市では、中心近くに歩行者天国の商店街があるのだが、そうした店には若い女性向けの商品ばかりが並んでいるのも、どのような層を最初の教育対象とすべきかを供給者たちが心得ているということを実感させられる。安い服などは見栄えはそれなりに見えても、触ってみると素材などはあまり良くなかったりするのだが、それでもまずは「お洒落な服を着る」ということの快楽を彼ら・彼女たちに教えることとなり、その後、さらに良い素材の商品へとステップアップしていくであろうという道が見える。そんなことをここ数年の中国旅行で感じたのを想起させられた。



 ところが、1863年の7月1日、エミール・ド・ジラルダンという天才が、広告と新聞をドッキングさせて、予約購読料を従来の半分にした日刊紙「プレス」を創刊してから、状況が一変した。このジラルダンの「発明」に関しては、拙著『新聞王伝説――パリと世界を征服した男ジラルダン』(筑摩書房)を参照していただきたいが、とにかく、この新聞広告というものの出現によって、マガザン・ド・ヌヴォテはとてつもない武器を手にすることができるようになったのである。(p.117)


 新聞広告が昨今、ネット広告の出現などと相俟って黄昏を迎えつつある。そして、それはそれほど長い歴史を持っているわけではないことが確認される。



 ところで、当時は、ブルジョワ家庭ではどんな貧しい所帯でもたいてい料理女中がいて、食料品の買い物はこの女中が受け持つことになっていたので、<ボン・マルシェ>には当然、食料品売り場はなかったが、(いまでもフランスのデパートでは食料品は付属のスーパーでしか扱っていない)、「アジャンダ」には、不思議なことに今月の料理というページがあってルセット(料理法)が書かれている。(p.125)


当時とは、1888年頃。こうした女中がいつころから居なくなったのか(あるいは今でもいるのか)というのは、少し興味がある。貴族の生活に起源を持つと予想はされるが、それがどのように展開してきたのかということも。



インフレのなかった十九世紀においてはベース・アップという発想自体が存在せず、給与生活者の給与は、昇進がないかぎり何年たっても同じだったのである。(p.210)


いつからこうしたシステムが普及していったのかも調べてみるに値しそうだ。


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【2010/04/18 13:56】 | # [ 編集]


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